黒色作戦
『瑞鶴さん、給油艦を拿捕したのはいいですけど、どうやって燃料を補給してもらうんですか?』
妙高が無線で尋ねてきた。今回はキューバ軍が関わる訳にはいかないので、人手は全くない。月虹は完全に無人の艦隊なのである。
「そりゃあ、元々乗ってる奴に作業させればいいでしょ」
『妙高達にあの人たちを乗せるということですか? それは、その……』
船魄を護衛する兵士はいない。敵が艦に乗り込んだら、船魄が直接制圧される可能性がある。と言うか、ドイツ海軍にとってこの状況を打開する唯一の策、仕掛けてこない訳がない。
「それが心配なのは分かるけど、大丈夫よ。私とツェッペリンはそういう時への対策もしてあるから」
『そうなんですか?』
「ええ。アメリカ軍が私に乗り込んでくる危険性は常にあったからね。だから私の中には要所要所に私の意思で動かせる機関銃が設置してあるわ。敵が侵入してきたら一瞬で粉々になるでしょうね」
『妙高にはそういうのはないんですが……』
「あなた達は燃料の補給なんてしなくていいでしょ」
『えぇ……。結構ギリギリなんですけど……』
「諦めなさい。ドイツ人を信用するって言うのなら、止めはしないけど」
『そ、それは遠慮しときます……』
巡洋艦である妙高・高雄・愛宕にとって大西洋を2回横断するくらい大したことではない。瑞鶴とツェッペリンは先程の脅しを使ってドイツ人達に作業をさせて給油を済ませ、ついでに給油艦はドイツまで同行させることにした。帰りも補給させたいからである。
○
一九五五年十二月五日、ドイツ国、大ベルリン大管区ベルリン、ミッテ区、新総統官邸(現在は大統領官邸)。
ベルリンの中央、以前は総統官邸として使われていた荘厳な建築は、今は大統領兼首相となったヨーゼフ・ゲッベルスの官邸であり、ドイツ政治の中心である。
ヨーゼフ・ゲッベルス元宣伝大臣は、宣伝という党にとって最も重要な仕事を任されたヒトラーの腹心である。宣伝大臣時代は各地で頻繁に演説を行い、民衆を逆上させるような過激な演説を好んで行っていたが、実際の彼は物静かで冷静沈着、悪く言えば地味な男である。
「
海軍総司令官カール・デーニッツ国家元帥は人払いをした上でそう報告した。
「……僕の聞き間違えかな? 大西洋で我が海軍が攻撃されたと?」
「はい、閣下。間違いありません。護送船団の給油艦が拿捕されました」
「誰なんだ? 誰が一体そんなことを?」
まさか日本やソ連が仕掛けてくるとは思えないし、ゲッベルス大統領には全く見当が付かなかった。
「敵はグラーフ・ツェッペリンらの一行です」
「何? ツェッペリンには保護を与えていたじゃないか」
「裏切ったようですな」
「そんな馬鹿な……。僕が何か悪い事をしたか?」
「閣下はツェッペリンに対し可能な限り寛大な処置を行っていたかと」
「だよなあ……」
ゲッベルス大統領は訳が分からず溜息を吐いた。
「それで、拿捕された給油艦はどうなったのかな?」
「現在、ツェッペリンなどと共に、ヨーロッパに向かっております」
「何だって!?」
「恐らくはドイツを目指しているのでしょうな。目的は不明ですが」
「一体何がしたいんだ……? 流石のツェッペリンでも、大洋艦隊と正面からぶつかって勝てる訳がない……そうだよな、国家元帥?」
大統領は不安を覚え、情けない声で聞き返した。思えばドイツ本国周辺には実戦という実戦を経験した船魄がいない。多少なりとも実戦を経験したことのある船魄は北米方面にいる。
「はい。本土の防衛は万全です」
「制空権を取られる可能性はないよな?」
「こちらにはグラーフ・ツェッペリン級の発展型であるリヒトホーフェン級が2隻あります。加えて最新型のエーギル級も2隻。押し負けることはありますまい」
「しかし相手には瑞鶴もいるそうじゃないか」
「その通りですが、あまり頼りにはならないとは言え、こちらは無尽蔵の基地航空隊がありますし、戦艦も数多くあります。英仏の戦艦も合わせれば10隻以上。負ける筈がありません」
「そ、そうだな。指導者がこんな調子ではダメだな」
「はい。大統領閣下は常に強気でいてくださらねば」
「僕には荷が重いな……。で、どうするんだ? こちらから出撃して迎え撃つのか?」
「それでもよろしいですが、彼女達は何か目的を持っているように思えます。我が軍と戦って勝てるなどとは、ツェッペリンも思ってはおりますまい」
「では様子見でもするのか?」
「一先ずはそれでよろしいかと。無論、妙な動きをすれば即座に撃沈する用意を整えて」
「そうか……。あまり撃沈はして欲しくないんだが、何とかならないのかな?」
ゲッベルス大統領の腑抜けた態度に、デーニッツ国家元帥は眉を顰めた。
「はぁ……。そういうご命令でしたら、全力は尽くしましょう」
「助かるよ。細かいところはよろしく頼む」
「はっ」
第二次世界大戦以降初めて、ドイツ本国が攻撃されんとしているのである。閣僚も軍人も皆気が気ではなかった。
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