ドイツを動かすⅢ
「――は? え、本当に言ってんの?」
ツェッペリンから交渉の成果を報告された瑞鶴の反応は、このようであった。まさかあのツェッペリンにマトモに交渉をして成功させる能力があったとは、とても思えなかったのである。
「何だ貴様、我を疑うのか?」
「嘘を吐いているとは思わないけど……」
「幾分話ができすぎていると思うのですが……」
瑞鶴とは別に、高雄はこれがドイツ海軍の罠ではないかと疑っていた。
「奴らが我を騙しているとでも?」
「え、ええ。そう考えた方が自然かと」
「でも高雄、ドイツの人達、そんな悪い人には見えなかったよ?」
妙高は能天気に発言する。
「それは、そうですが……例え人格的にいい人であったとしても、海軍司令部からの命令があればわたくし達を騙すということだって考えられます」
「私もお姉ちゃんの意見に賛成よ。ドイツの連中とかいうのには、会ったことないけど」
愛宕は何故か月虹に紛れ込んでいる。瑞鶴はついに黙っていられなくなった。
「まったく、あんたはどういう立場で発言してるのよ」
「私はお姉ちゃんを守るだけよ。お姉ちゃんを危険に晒そうというのなら、あなた達は私の敵ね。どうやらあなた達はこれまで、お姉ちゃんに散々危ないことをさせてきたみたいだけど」
「軍艦なんだから危険は仕方ないでしょ」
「それはそうかもしれないけど、お姉ちゃんの主砲を吹き飛ばしたのでしょう? あなたの戦争指導には甚だ疑問を呈さざるを得ないわ」
「それは……まあ、そうかもしれない」
瑞鶴は元より人を指揮するのはあまり得意ではない。これについては認めざるを得なかったし、ツェッペリンのように無駄に強がったりはしない。
「……ええと、何の話だっけ」
「愛宕と瑞鶴さんの話は置いておいて、ドイツ側の提案が罠なのではないか、という話です」
高雄は論議を仕切りなおした。
「そうね。うーん……でもツェッペリン、給油艦の話はオイゲンがわざわざ内密にしてきたのよね?」
「そうだな」
「罠にしては無駄に手が込みすぎている気がする。私達を罠に嵌めたいなら、シャルンホルストが言った方が説得力があるし」
「確かに、その通りであるな。やはりここは、我の計画通りに事を運ぼうではないか」
「まあ大丈夫か。仮に罠だったとしても、向こうから仕掛けてきたのなら遠慮なく戦えるし。みんな、どう?」
高雄と愛宕を除いては、罠ではないだろうということで一致した。高雄と愛宕も万が一の際は実力行使に出ればよかろうということで同意してくれた。ドイツがその気なら遅かれ早かれ衝突するだろう。
「しかし瑞鶴さん、まだ問題があります」
高雄は作戦に納得した訳ではない。
「何?」
「わたくし達の帰る場所がないということです。ドイツに公然と敵対するようなことをする以上、もうドイツ海軍の援助は得られないでしょう」
「あー、そう言えばそうね」
「考えていなかったのですか……」
「考えてなかった。ツェッペリンもどうせそうでしょ」
「なっ……! い、いや、まあ、そうなのだが……」
高雄やツェッペリンを修理できたのも、弾薬や燃料に困っていないのも、全てドイツ海軍のお陰である。唯一の味方であるキューバには、補給くらいなら何とかなっても、艦艇の修理を行う能力はない。この問題が解決できなければ作戦を実行に移すことはできない。
「それなら、日本に頼めばいいんじゃないですか?」
妙高がそう言うと、瑞鶴はすぐさま否定する。
「いやいや、何で今更日本が手を貸してくれると思ってるのよ」
「え、だって、アメリカとの戦争では協力すると、帝国政府と約束したじゃないですか」
「それはそうだけど」
「補給がなければ妙高達は戦えません。アメリカと戦う為なら、そのくらいはしてもらえるのでは?」
「まあ大和を譲って貰えたくらいだから……言われてみれば無理でもない気もするけど……」
瑞鶴は肯定も否定もし切れなかった。そんな時に意見を出したのは愛宕であった。
「あなた達はこれからドイツと戦争する気なんでしょう? そんな連中を日本が匿ったりしたら国際問題になるわよ」
「ま、確かにね」
「確かにそうですね……。であれば、日本に密かに援助してもらう感じにすればいいと思います」
妙高は言う。帝国空軍は実質的に参戦しているし、帝国海軍も人員を大和に送り込んでいる。内密にする限り、月虹への支援程度で躊躇うことはないだろうと。
「なるほどね。本当に日本が協力してくれるなら、だけど。愛宕の言う通り、外交問題になる方を嫌がるかもよ?」
「妙高達がドイツやソ連のものになる方が嫌がるのではないでしょうか? 特に瑞鶴さんは」
「ま、まあ……それもそうね」
面と向かって言われると、瑞鶴は少し照れて顔を赤くした。
「ですので、帝国海軍はきっと力を貸してくれる筈です」
「相変わらず、なかなか強気よね、あんた」
「それほどでも……」
要するに自分達自身を人質にして交渉するのである。なかなかの自信がなければ言い出せることではない。瑞鶴は妙高の提案を気に入った。
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