結末

 さて、テキサスに逃げ帰る帰路、スプルーアンス艦隊の針路に一つの艦隊が立ち塞がった。


「閣下、ソ連軍です。我々の前方に待ち構えています」

「ソ連だと? どうしてこんなところに……」

「相手は貧弱な艦隊です。私が叩き潰しましょうか?」


 他の空母の艦載機を借りるまでもなく、超大型空母たるエンタープライズ自身の艦載機だけで、ソ連艦隊を叩き潰すのは容易だろう。


「ふざけないでくれ。ソ連と戦争にでもなったら我が国は滅ぶ。君も解体されるぞ」

「それは嫌です」

「物分かりがよくて助かる。一先ずは、向こうの意図を探るのが先決だ」

「閣下、ソ連軍から通信です!」

「噂をすれば、だな」

「上手くやれよ、スプルーアンス」

「お前に言われたくはないな」


 スプルーアンス元帥はソ連軍からの通信を受けた。少なくとも対話をする意思はあるようで、元帥は既に安心していた。どんなクソッタレな話し合いでも戦争よりはマシである。


「私はアメリカ海軍第二艦隊司令長官、スプルーアンス海軍元帥だ。そちらは?」


 ソ連のゴルシコフ中将でも出るかと思ったが、聞こえてきたのは凛々しい少女の声であった。


『私はソビエト連邦海軍親衛太平洋艦隊旗艦、ソビエツキー・ソユーズである』

「ソ連最初の船魄か。話ができて光栄だが、何の用だ?」

『メキシコ湾にアメリカ軍の艦艇が入るのは、京都平和条約以降初めてのことだ。我が軍は貴官らの行動を注視している』

「それはそうだろうが、つまり君は何が言いたいんだ?」

『あー、つまりは――』


 ソビエツキー・ソユーズが何か言いかけた時のことだった。その言葉が突如として途切れ、通信機の向こうから何やら言い争っている声が聞こえてくる。暫くしてスプルーアンス元帥に話しかけてきたのは、また別の少女だった。


『失礼した。私はソビエツキー・ソユーズ級戦艦三番艦、ソビエツカヤ・ベラルーシだ』

「スプルーアンス元帥だ」

『姉さんはやけに格好つけたがるとこがあってね。交渉事には向いていないんだ。だから私が代わりに貴官と話させてもらうよ』

「ふむ」

『まず言うべきは、我々には貴官らと戦闘する意思は全くないということだ』

「こちらもだ」

『それはよかった。その上で私達は、貴官らを監視させてもらう。メキシコ湾は連邦と日本の勢力圏内だからね』

「公海に勢力圏も何もあるまい。公海上ではいかなる国の軍艦も自由に航行することが認められている」

『別に領有権を主張している訳ではないよ。それに、君の言う通り公海上では、他の船に危害を加えない限り、何をしても自由だ。だから君達を監視することもまた自由』

「それは道理だな。わざわざそんなことを教えてくれる為だけに通信を?」

『ああ。万が一にも戦闘に発展したら一大事だからね』

「そうか。貴官らの配慮には感謝しよう。好きに監視でも何でもするといい」

『賢明な答えだ。それでは失礼するよ』


 ソ連艦隊にアメリカと戦争をする気など毛頭ない。そう伝えるだけにソ連は通信してきたのであった。表向きには、だが。


「スプルーアンス、これは面倒なことになったな」

「ああ。我々の行動は日本軍に筒抜けだ。キューバ近海の制海権など諦めた方がいいだろう。陸軍には迷惑を掛けるな。すまない」

「大和か。まああれは確かに面倒だが、北側から攻めればいいだけの話だ」


 日本海軍も流石にドイツ海軍を刺激する訳にはいかず、キューバの北側に艦隊を派遣するのは不可能だろう。南海岸沿いに侵攻するルートが阻まれたというだけなのだ。


 ○


 一九五五年十一月二十日、アメリカ合衆国ワシントン直轄市、首相官邸前ホワイトハウス。


 スプルーアンス元帥から報告を受けたアイゼンハワー首相はすっかり覇気を失って、執務室の椅子にもたれかかって座っていた。


「クソッタレだ。もうキューバには勝てない。我々は負けたんだ」

「首相閣下、でしたらそろそろ戦争を止めればいいのでは?」


 ニクソン副首相は言った。


「馬鹿を言え。国内世論は圧倒的に戦争を支持している。そんなことをしたら第二次南北戦争になるぞ」

「公には禁止されたとは言え、民主党は未だ健在でしたな」


 侵略戦争を支持した党として禁止された民主党だが、元より国民の半分が支持する巨大政党である。組織を解体したとて、その影響力を消しされる筈がない。


「ああ、そうだ。この戦争を終わらせる方法があるのなら、是非とも俺に教えてくれ」

「申し訳ありませんが、私にはとても……」

「だろうな。クソッ。この作戦が成功すればまだ巻き返せたかもしれないのに! ナチスなんぞ少しでも信じた俺が馬鹿だったッ!!」


 アイゼンハワー首相は机を叩きつけた。元軍人である彼がそんなことをすると、机が歪んでしまった。


「まあ、それはドイツも同じように思っているでしょうな」

「あのルーズベルトの馬鹿が日本に戦争なんぞ仕掛けたのが間違いだったんだ。日本こそ我々の盟友に一番相応しかったのに、それを不倶戴天の敵にしてしまったんだ……」

「日本を盟友に?」

「ああ。日本は戦時中に大真面目に総選挙をしている国だぞ。こっちは戦時中を理由に大統領選挙をしなかったっていうのにな。しかも戦時中なのに票の操作すらしない。世界で一番クソ真面目に民主主義をしている国じゃないか!」

「まあ、それもそうですね」

「教えてくれ、俺はどうすればいいんだ……」

「民主主義と基本的人権を廃止して、戦争がしたい奴らを全員強制収容所に送る、とかはいかがでしょうか?」

「面白い冗談だな」


 アイゼンハワー首相は――と言うよりアメリカは、八方塞がりに陥っていた。勝てる見込みのない戦争か内乱か。進むも地獄、退くも地獄。ならば進み続けるしかないのである。

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