戦略的奇襲Ⅱ

「申し上げます! 敵軍の水雷戦隊は、最早食い止めることは不可能です!」

「そうだろうな。フロリダ海峡の戦力など、足止めにらならないだろう」


 スプルーアンス元帥は特に驚くこともなかったし、悲嘆することもなかった。全く予想内の展開だからである。


「敵水雷戦隊、我が艦隊まで200kmに迫っています」

「分かった」

「エンタープライズの艦載機で攻撃すればいいんじゃないのか?」


 マッカーサー元帥は問う。


「そんなことをしたら、主力艦隊が敵の空襲に晒されて壊滅する」

「別にいいじゃないか。モンタナ級もエンタープライズと比べれば大した戦力じゃない」

「それはそうかもしれないが……。仮に戻ってきたとしても、日本軍の艦載機がここまで追いかけてきて、自由に動くことはできないだろう。意味があるとは思えない」

「なるほど。まあ俺に口出しできる筋合いじゃないか」

「ああ。陸軍に口出しされる理由はない」


 マッカーサー元帥の地位は何とも言えない特殊なものだ。一応現役の陸軍元帥ではあるのだが、陸軍の実務からはとっくに身を引いていて、エンタープライズに言うことを聞かせる為だけに海軍に派遣されているのである。どういう指揮系統になっているのか、本人もよく分かっていない。


 それはともかく、スプルーアンス元帥と妙高は決戦に突入する。


 ○


『敵の戦力は戦艦1隻、重巡6隻、駆逐艦11隻、と言ったところのようです』


 高雄が水上機を使って偵察をし、敵の陣容を把握した。空母はずっと後ろにおり、一度警戒された以上、密かに回り込むことなど不可能だろう。


「分かった。戦艦が厄介だけど、そんな大した戦力ではないね。愛宕さん、皆さんに敵艦を可能な限り撃沈せず生け捕りにするようにと、伝えてもらえますか?」

『いいけれど、そんな変な命令に従ってくれるかしらね』

「最悪の場合は、撃沈することもやむを得ません。その為にこちらに犠牲を出す訳にはいきませんから。ですので、可能な限り敵を生け捕りにするようにと、伝えてください」

『了解よ。伝えるだけ伝えておくわ』


 第六・第七艦隊の面々はこの奇妙な命令を怪しんだが、命令されたら素直に従う軍の秩序に忠実であった。それに加えて愛宕が人の反論を許さない性格だというのもあった。


「では、敵艦隊にこちらから攻勢をかけます。第六艦隊の駆逐隊が左から、第七艦隊の駆逐隊が右から、重巡洋艦は全て真正面から突撃し、一気にケリを付けましょう」

『第六艦隊の駆逐艦、なんて、呼びにくくないかしら?』

「え? ま、まあ、それはそうですけど……」


 愛宕がマイペースに発する疑問に、妙高は面食らってしまう。


『第六駆逐隊と第七駆逐隊でいいじゃない』

「それは意味が違うのでは……」


 昔は駆逐艦4隻からなる駆逐隊が駆逐艦の基本的な編成であった。しかし現代では艦隊が帝国海軍の基本編成であり、駆逐隊という編成は存在しない。


『今はないんだし、名前を勝手に使ってもいいじゃない』

「ま、まあ、そう言われれば……」

『それに第七駆逐隊は全然関係ないけど、第六駆逐隊の皆は喜ぶと思うわよ』


 本来の第六駆逐隊の面々は、暁、響、雷、電である。響以外はちょうど第六艦隊に所属している。


「わ、分かりました。では陽炎さんと不知火さんの方は第十八駆逐隊と呼ぶことにしましょう。二人しかいませんが」

『賛成よ』

『あの、妙高、意見具申よろしいですか?』

「もちろんだよ」

『最上型の装甲は薄く、攻撃に脆弱です。わたくし達が盾になるべきかと』


 今作戦に参加している重巡洋艦は妙高、高雄、愛宕の他には最上、三隈、熊野である。いずれも最上型であり、かつて高雄が失った鈴谷もまた最上型であった。鈴谷以外の姉妹がここに揃っているのである。


 高雄型より新しい最上型の装甲どうして薄いかと言うと、元は軽巡洋艦として建造されて、後に主砲を重巡洋艦と同等の20.3cm砲に換装されたという経歴を持つからである。攻撃力は妙高や高雄と同等だ。


「分かった。そうしよう。誰も死なせはしないよ」

『ありがとうございます……』

「じゃあ、全艦配置についてください」


 戦艦を中心に輪形陣を組んで待ち受けるアメリカ艦隊に対し、妙高達はそれを大きく囲い込むように展開した。


「それでは、作戦を開始します。第六駆逐艦、第十八駆逐隊、及び第一戦隊、突撃!」


 第一戦隊というのは妙高・高雄・愛宕のことである。第二戦隊たる最上・三隈・熊野を残した全艦が、一斉に突撃を開始したのである。第二戦隊もまた、敵の射程ギリギリにまでは接近する。


 第一戦隊は3隻が横に並ぶという稀にみる陣形で敵艦隊に向かって突撃した。敵艦隊は第一戦隊を迎え撃つように単縦陣を組んでおり、陣形としては非常に不利である。


『敵艦撃ってきました!』

「こちらも反撃。可能な限り砲塔を狙ってね」

『了解です』

『分かったわ』


 各艦各個に砲撃を開始する。敵に対して真正面を向いているが、後部の主砲も斜め前の敵を狙うことで活用することができる。普通は自分の艦橋を誤射しないように砲塔の射角には制限がついているのだが、彼女達くらいの手練にそんなものは不要なのだ。


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