第十一章 キューバ戦争
大和の使い道
一九五五年十月二十日、キューバ共和国、グアンタナモ基地。
瑞鶴、妙高、大和はグアンタナモ基地に帰投し、船魄達は陸上の基地施設に入っていた。
「これはまた......。本当にあの戦艦大和じゃないか」
瑞鶴達を出迎えたチェ・ゲバラは、大和の荘厳な姿に圧倒されていた。それも当然だろう。彼がこれまで見た事のある軍艦で最も大きいのは瑞鶴なのだ。
「ええ、本当に大和よ。但し、船魄は搭載されていない普通の軍艦でしかないわ」
瑞鶴はゲバラにも、大和の真実は告げていない。
「そうなのか......。それは残念だ」
「でも艦砲射撃くらいなら、難なくできると思うわよ。キューバは細長いし、役に立つんじゃない?」
「艦砲射撃......。申し訳ないんだが、それはどういう意味なのかな?」
「え?」
瑞鶴はその程度の用語も知らないのかと驚いたが、考えてみるとこれも当然であった。キューバ海軍は精々駆逐艦くらいの艦艇しか保有していないし、ゲバラはゲリラ戦の専門家である。
「艦砲射撃っていうのは、つまり海の上から陸地に向かって砲弾をぶち込むことよ。まあ本来の意味は別に目標が何でも構わないんだけど」
本来はその字義通り、主砲で何かを撃つことを意味している言葉だが、現在では専ら陸上目標に対する砲撃を指す。
「なるほど。確かにあの大砲に撃たれて無事な標的なんて、地上には存在しないだろうね。深く掘った地下壕とかなら別だけど」
「そういうこと。アメリカ軍の地上部隊はこれで殲滅できるわ。どう? いい感じの使い道はある?」
「いや、その前に聞かせてくれ」
「何?」
「もしかしてだが、僕達が大和のメンテナンスをしないといけないのかい?」
「そのつもりだけど?」
瑞鶴はつまり、大和をキューバ軍の役に立てる代わりに、大和の面倒を見させようとしているのである。
「そんなことを言われても困るなあ。僕達にそんな技術はないんだぞ?」
「……確かに。なら日本から技術者でも連れてきましょうか」
「それができるならいいが……」
「大丈夫よ。ちゃんと帝国政府の承諾を得てもらってきたんだから。じゃ、そこら辺はよろしくね」
「まったく、困った子だ……」
とは言いつつも、ゲバラは大和型戦艦という強大な戦力に惹かれない訳にはいかない。ゲバラの頼みでカストロ議長が日本に頼み込んで、技官などを少々派遣してもらうこととなった。同時に大和の乗組員だった兵も派遣され、大和の主砲や副砲の動かし方をキューバ軍に伝授してもらうことになった。
「それと、もう一つ、仮に大和を僕達が使うとして、誰が大和を守るんだ? 空からの攻撃には対処できないと思うんだが」
「……確かに、忘れてたわ」
人間の操作では、大和の主砲や高角砲でアメリカの航空機を撃ち落とすのは難しいだろう。瑞鶴は船魄化された大和のことしか考えおらず、迂闊であった。
「私が守るつもりだけど、整備しにバハマに戻らないといけないし……結構問題ね」
瑞鶴がいつまでも大和の護衛をしている訳にはいかない。少なくとも交代要員が必要である。
「だったら、これも日本に頼んだらどうだ?」
「うーん……あ、いけるかも。大和にご執心な空母が一隻いるし、キューバの為だったら第五艦隊は協力してくれる筈よ」
大和型三番艦の信濃は大和にずっと会いたがっている。きっと使える筈だ。
「そっちのことは君に任せていいかな?」
「ええ。後は大和を使えそうな場所を考えといて」
「それなら一択だ」
「そうなの?」
「シエンフエーゴスが丁度いい。この戦争の最前線だし海沿いだ」
「なるほど。じゃあそこにしましょう」
かくして計画は動き出した。
○
瑞鶴は早速、長門に交渉をもちかけた。瑞鶴が不在の間に大和を守って欲しいという依頼である。
「大和だと? 本当に、大和が?」
瑞鶴の思った通り、信濃はこの話題に過剰なほどに噛み付いた。
「そうらしい。私に真偽を判断することはできないが」
「なれば我が目にて確かめてくるまで。すぐに出撃させてくれ」
「好きにしてくれて構わん」
信濃は偵察機祥雲を早速グアンタナモ基地に向かって飛ばした。プエルト・リモン鎮守府から大和の存在を確かめるという荒業である。ここからグアンタナモ湾までは1,200kmほどしか離れていないので、零式艦上戦闘機などでも余裕で往復できるだろう。往復にかかる時間は僅か2時間程度である。
「――で、どうだった?」
「本当に大和だった。大和がすぐそこに……」
「そうか……。で、瑞鶴からの要請についでだが、どうする?」
「無論、我は受ける。だが第五艦隊を動かす必要はない。大和の護衛なら我だけで十分」
「そういう訳にはいかんのだが、お前の意志は分かった。他の者とも相談するから少し待っていてくれ」
「……他の者の同意など必要か?」
信濃は不愉快そうに言う。
「形式的に確認するだけだ。気にするな」
長門はこの要請を最初から受けるつもりでいた。アメリカにこれ以上好きにはさせないという想いは瑞鶴と同じだからである。
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