交渉決裂

「――長門、どうやら交渉は決裂したらしい」

「ほう。では武力に訴えても構わないということだな?」

「そうだ。但し戦闘行為はオーストラリア周辺に留めること。これだけは守ってくれ」

「その心配の必要はない。瑞鶴を即座に捕獲し連れて帰るまでだ」

「ならいい。すぐに出撃命令が下るだろう。それと共に、ダーウィンに向け出撃する」


 連合艦隊の主力艦を全て集めた大艦隊。とは言っても往時の連合艦隊と比べれば悲惨のものだが、ドイツ海軍と比べれば圧倒的な戦力である。艦隊は旗艦を信濃として、連合艦隊司令長官豊田大将の直卒の下、ポートモレスビーを出撃した。


 ○


「電探に感あり。急速に接近する航空機群、およそ50機」


 ダーウィンからおよそ900km。長門の電探は真っ先に敵を捕捉した。それも当然であろう。戦艦の高い艦橋とレーダーとは非常に相性がいい。


「瑞鶴だな。すぐに全艦に伝えろ」

「そんなことをしても、人間の艦載機で瑞鶴の相手はできないだろう。私が迎え撃つ」

「当然だ。だが今回は瑞鶴と正面から殴り合うつもりはないらしい」

「何? そんなこと聞かされていないぞ」

「豊田大将閣下は秘密にしておきたいらしいからな。君は自分の仕事に専念していればいい」

「そうさせてもらおう。それと、新顔の船魄、彼女らは役に立つのか?」


 今回は船魄化された照月と春月が参加している。彼女達にとっては初めての実戦なのである。


「少なくとも人間が操作するよりはいい」

「期待している」


 長門より対空戦闘に優れている秋月型駆逐艦達。船魄が使い物になるのなら、今回の戦いで長門以上の活躍を見せてくれる筈である。


「敵機との距離、50kmを切った」

「そろそろだな」


 5分もすれば長門の最大射程に入る。長門は主砲の仰角を調整して、敵を待ち構える。


「射程に入った。撃ち方始め!」


 射程ギリギリ、およそ30kmのところで長門の主砲が砲撃を開始した。三式通常弾による対空砲撃である。三式弾は精確に敵艦載機の目の前で炸裂し、敵に円錐状の爆風を浴びせる。


「撃墜は、2機ほどか……」


 長門は悔しそうに言う。まあ瑞鶴相手に初弾から艦載機を撃墜するのは、人間には到底望み得ないことではあるが。


「続いて主砲斉射する」


 長門は主砲斉射を続け、4回の斉射を行ったところで、撃墜できたのは10機にも満たなかった。瑞鶴の最大搭載機数はおよそ80であるから、決して無視できるものではないが。


「長10cm砲の射程に入った。春月、照月が射撃を開始するようだ」

「では私も、高角砲の射撃を始めよう」


 命中精度は低いとは言え、三式弾の危害範囲は瑞鶴の行動を邪魔するのに役に立つ。長門が主砲斉射を続ける中、長門、照月、春月は高角砲による射撃を開始した。


 ○


「何? やけに命中精度が高い……」


 瑞鶴の航空隊は秋月型駆逐艦の攻撃を受けて、油断している間に4機を撃墜されてしまった。


「ふむ。どうしたのかな?」


 何故か瑞鶴に便乗しているデーニッツ元帥は尋ねた。瑞鶴が下手な手を打たないか監視していたいらしい。


「向こうの秋月型駆逐艦の命中精度が高いのよ。私の艦載機に直で砲弾を当ててくるくらいにね」

「それはつまり、その相手も船魄ということになるかな?」

「多分ね。そう言えば呉で秋月型駆逐艦を改造してたし、思ったより早いけど実戦投入してきたみたいね」

「その情報は入っていないな……。だが、成功だったようだ」

「ええ。これは厄介よ。近寄れないわ」


 連合艦隊には合計で3隻の船魄がいるということになる。しかもその内2隻は空母の天敵である。さしもの瑞鶴もなかなか手を出せなかった。


「確認しておくが、我々の目的は敵を撃退することであって沈めることではない。分かっているな?」

「私に命令しないでよ。そんなこと分かってる」

「ああ。だから、敵に一太刀でも加えられればいいんだ。何とか空母に一太刀入れられないか?」

「空母に? 長門じゃなくて?」

「日本の空母さえ無力化すれば、我が方の基地航空隊で敵を圧倒することができる」

「私でもあんまり圧倒できてないんだけど、本当にできるの?」

「ドイツは君達が持っていないジェット機を多数保有しているんだ。そう甘く見ないで欲しいものだね」

「だったら空母なんて関係ないと思うんだけど」

「まあ、我々の技術も完成したとは言えないものでね。一撃離脱には強いのだが、格闘戦となると、日本の戦闘機にはとても勝てない」

「なるほど。まあいいわ。やってあげる」


 デーニッツ元帥の作戦には半信半疑だったが、瑞鶴は機動部隊本隊に何とか魚雷をぶち込むべく接近を試みる。が、瑞鶴はあることに気が付いた。


「あれ、どの空母にも艦載機が乗ってない」

「それは……どういうことだ?」

「艦載機ってのは普通、甲板の上に何機かは並べてるものよ。すぐに出せるようにね」

「それがないということは……敵は既に艦載機を発艦させている、ということか?」

「そういうこと」

「だが、君は日本の航空機とは出くわしていないのだな?」

「そうよ」

「そうか……」


 デーニッツ元帥はようやく自体の深刻さを理解した。空母5隻分の航空艦隊が行方不明なのである。どこから現れるのか見当もつかないということだ。

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