特殊攻撃機コメット

「敵機を確認。数は200程度。けど、見たことのない機体ね」

「ここに来て新型機か……。瑞鶴、気を付けてくれ」

「言われなくてもよ。まあ新型だからって私に勝てる訳ないんだけど」


 瑞鶴はいつも通りアメリカの特攻機を撃墜しに掛かった。しかし戦い始める前に、彼女は違和感に気付いた。


「速い! こいつら、これまでとは段違いに速い!」

「何?」

「烈風で追いつくのが精一杯よ! ジェットエンジンって奴よ!」

「分かった。ならばここで迎え撃つ。長門、準備はいいか?」

『無論だ。常に戦の用意は整っている』


 攻撃機や爆撃機では追いつけない高速の機体。最新鋭の烈風ですら置き去りにされそうになる。そんな中でも瑞鶴は敵機を追いすがりながら射撃して、半分を落としたが、まだ100機も残っている。


「何なんだ、こいつら……。武器を何も積んでない。特攻の為だけに作られた機体みたい」

「特攻専用機、ということか。あり得ない話ではない。いや、合理性の塊であるアメリカならば、寧ろ十分に考えられるか」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「あ、ああ、すまない」


 長門の41cm砲が対空射撃を開始した。また同時に、各艦の高角砲も迎撃を開始する。瑞鶴も自らの12.7cm高角砲を久しぶりに使う羽目になった。


『すまない、落としきれなかった!』

「やっぱり、私が狙いか」


 艦隊の総力を挙げた対空戦闘でもなお10機は残っている。狙いは瑞鶴だった。瑞鶴は機関砲で応戦するが、落とし切れない。


「クソッ」


 瑞鶴の飛行甲板に2機の特攻機が突入し、大爆発を起こした。


「ぐっ……ああっ……」

「大丈夫か、瑞鶴!?」

「死ぬほど痛い、けど、もう慣れたわ、これくらい……」

「分かった。それならいい。君は休んでいろ。後のことはこちらで対処する」

「あっそう……」


 瑞鶴は艦橋の床に倒れ込んで、下に戻る気もしないのでここで寝ることにした。岡本大佐は瑞鶴の応急修理と敵の分析に向かった。まあ彼自体は取り立てて航空機に詳しい訳でもないので、様子を見させてもらう程度だが。


 幸い、一機の特攻機が狙いを外して着水していた。これを鹵獲し、現場である程度の性能は把握できた。詳しい調査は内地でやってもらうことになるだろうが。


「糸川さん、調子はどうですか?」

「大体は調べ終えました。こちらに纏めてあります」

「――ロケット機、ですか」


 岡本大佐には聞き慣れない言葉であった。ロケットというのはつまり、火薬の爆発的な燃焼を直接推進力に変換する、単純な構造の弾頭のことである。ソ連やドイツは多連装ロケット砲を大量に運用している。


「はい。中世からある古典的な兵器ですが、瞬間的な速度ならばかなり出ます。それに人間を乗せて操縦させれば、非常に有効な兵器です」

「厄介ですね……。一発でも当たれば、最悪致命傷になり得る」

「当たりどころが悪ければ、そうなるでしょうね」


 まさに敵艦に突入することだけを考えた機体。操作もかなり簡単にできるようになっているらしい。合理主義の極地のような機体だ。


「桜花の設計図でも漏れたんですかね」


 実のところ帝国海軍も同じような兵器を設計していた。もしも瑞鶴がフィリピンで負けていたら、実戦投入していたことだろう。


「いえ、恐らくそれはないかと。桜花とは設計思想が異なります」

「設計思想?」

「はい。桜花は大量生産を主目的として簡素化した航空機ですが、これはどちらかと言うと高性能を突き詰めた機体です。単純な構造に見えますが、それは速度を極限まで上げる為のものです」

「確かに、そのせいで瑞鶴は落としきれませんでした」


 単純な見た目に反して大量生産には向いていない機体らしい。だがそれでも、アメリカの工業力ならこの程度の纏まった数を出し続けることは可能だと思われる。


「そうそう、尋問した生存者から機体の名前を聞き出したんですよ」

「名前?」

「はい。コメットと言うそうです」

「彗星ですか。趣味が悪い。あんな美しいものを、こんな醜い機体の名前にするとは」

「航空力学的には非常に美しい機体ですが……同感です」


 コメットは船魄に頼らずとも船魄に対抗できる唯一の兵器であった。しかし正気の沙汰でないのは確かである。


 ○


 同日。サンフランシスコのすぐ内陸の航空基地にて。ルメイ中将は特別攻撃部隊に志願した兵を相手に演説していた。


『諸君! 我々の同志は立派に任務を果たした! 海軍を壊滅させたあの瑞鶴に、一太刀を入れることに成功したのだ! これは驚くべき戦果であり、彼らの民主主義への献身が成し遂げた奇跡なのである! この勢いであれば、日本海軍を殲滅することも容易であろう! 民主主義に命を捧げよ!!』


 実験的な最初の攻撃は成功に終わった。ルメイ中将は更なる攻撃を繰り返すことに何の躊躇もなかった。だが、彼に不愉快な報告が入った。


「閣下、志願兵から脱走者が出ました。拘束しましたが、如何しましょうか?」

「何? 志願したくせに脱走だと? ふざけている」

「そ、その、どうされますか?」

「民主主義への裏切り者である。直ちに銃殺せよ。軍法会議などは不要だ」

「はっ……」


 中将の周囲には不穏な空気が漂い始めていた。

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