⑦計画Ⅱ

 岡本大佐は船魄研究の本拠地である呉に戻り、出来たてホヤホヤの海防艦室津と対面した。正直言って使い道がないので持て余していた艦である。


「大佐殿、お帰りなさい」

「ああ。作業はどのくらい進んでいる?」


 既に大佐の指示で船魄化作業は始められている。


「艦の方は4割ほど終わっています。船魄はまだ用意できていませんが」

「分かった。ではとっとと作業を終わらせてしまおう」


 全長100mもない非常に小さな艦艇である。構造も単純で、船魄化するのに要した時間は半月程度である。瑞鶴も長門もまだ修理中であるし、大佐がハワイに戻る必要はない。


 各所に感覚センサーを取り付け武装を自動化し、艦の改造は完了した。船魄も用意できた。後はこの寝台に横たわった黒髪の少女がどのような反応を示すか、それが問題である。


「さて、では実験を始めようか」

「はっ」

「全員離れろ」


 大分慣れたものである。少女の身体に電極を幾つも取り付け、高圧電流を流して無理やり起動させるのである。少し焦げ臭い臭いと共に、少女はゆっくりと眩しそうに目を開けた。


「起動は成功か。光に対して反応もしている」

「これは成功なのでは……?」

「さあ、分からない。瑞鶴のように上手くいけばいいが。さあ、起きようか」


 岡本大佐は少女の上半身を支えて身体を起こさせる。少女はぼんやりとした瞳で大佐を見る。しかし瑞鶴のように彼女を目覚めさせる文句がない。海防艦室津には過去というものが一切ないのだから。


「さて、君は自分の名前が分かるかな?」

「な、まえ…………」

「そうだ。名前だ」

「わ、私は…………」


 少女は困ったように俯く。まあここまでは想定内だ。


「記憶がまだ混濁しているようだね。では、君の名前は室津だ。何か思い当たることはないかな?」

「むろつ…………そう、言われても…………」


 大佐は「やはりか」と呟き、どうやら自分の予想が当たっていたことを悟った。


「君は海防艦の室津だ。海防艦とは輸送船団を護衛し敵の潜水艦を撃滅する艦だ。そして君は鵜来型海防艦の十三番艦だ」

「な、何を言っているのか、分かりません……」

「そうか」

「大佐殿、これは……」

「ああ、失敗だろう。だが念の為だ。彼女に艦を見せてやろう」

「はっ」


 岡本大佐は少女を少女の艦、海防艦室津の甲板に案内した。室津の姿を見ても少女は特に何も感じていないようであった。


「これが君の身体のようなものだ。君はこの艦を操る力を持っているのだ。少し試してみたらどうかな?」

「試す、と言われても、何を……?」

「君が念じれば、この艦は君の思い通りに動くのだよ。例えば、前に進ませることを考えてみてくれ」

「……?」


 少女は訳が分からないと言った顔をしながらも、大佐に言われたように念じてみた。すると僅かながら室津のスクリューが回り出したのである。


「これは……私が……?」

「ああ、そうだ。これこそが君の本来のあり方なのだ」

「でも、よく、分からない……」

「まあいい。今日は疲れたろう。ゆっくり休むといい」

「はい…………」


 岡本大佐は少女を立派な寝室に案内してゆっくり休ませた。


「大佐殿、これはどう評価すべきでしょうか」

「私にも初の事例なのだ。何とも言えない。あの子に船魄の能力があることは分かったが、それを発揮してみても自身を認識することはなかったし、瑞鶴の時と比べても明らかに艦の反応が鈍かった」

「自分が船魄と自覚できないのでは、使いようがないのでは?」

「じっくりと教育を行って自覚を持ってもらえば、並に使える可能性はある。だがそれでも、他の船魄と同等の性能が発揮できるかは分からない。何もかも未知数だな」


 岡本大佐はその後1ヶ月ほど室津の世話をしつつ教育を行った。結果として、自らが船魄という存在だとは理解してくれたものの、この小さな海防艦すら満足に航行させることはできなかった。


「1ヶ月でも、まだ前進しかできない。瑞鶴と比べれば雲泥の差だな……」

「記憶がないというのが、こうも影響するのでしょうか」

「甚だ非科学的だが、それが一番よく現実を説明できる仮説だな。だがサンプルが足りない。もっと実験が必要だ」

「また他の艦を借りるんですか?」

「ああ。次はもう少し、過去はあるが実戦経験がほとんどないような艦だ」


 岡本大佐は更なる実験の為、軍令部にちょうどいい艦を貸してくれるよう頼み込んだ。軍令部も大佐の実験の意義は理解してくれて、秋月型駆逐艦九番艦の春月を貸してくれた。建造から10ヶ月ほど経っているが、輸送船団の護衛に終始し、幸運にも一度の実戦も経験していない艦である。今回の実験には打ってつけだ。


 大佐は春月を借り受けると直ちに改造工事を開始して、1ヶ月ほどで改造を完了させた。そして早速いつも通り船魄を目覚めさせた。


「――君の名前は春月だ。何か思い当たることはないかな?」

「春月……その名前は、しっくりくる気がします」

「それはよい。では君の力を早速試してみようじゃないか」


 春月に対しても室津と同様の実験を半月ほど行った。結果として、室津よりはマシだったものの、実戦に投入できるほどの能力は発揮できなかった。砲撃訓練も行わせてみたが人間の操作と大差なかった。まあ無人で砲塔を動かせるというだけで意味はあるが。


「長門はすぐに自己認識を確立し、戦力化できた。やはり古い艦、実戦経験の多い艦ほど船魄の能力が上がる、ということか。全く訳が分からんが」


 まだ合計で5件しか実例がない以上、科学者として断言することはできないが、岡本大佐はほぼそうであると確信していた。そして瑞鶴と長門の応急修理がそろそろ完了するので、大佐は実験の続きを部下達に任せ、ハワイに戻ることとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る