東京決戦
「さて、第一艦隊はどう出てくるかしら」
『ほ、本当にいけるのでしょうか……不安になってきました……』
「大丈夫よ。あんたは私の大先輩なんでしょ?」
『ま、まあ、艦歴としてはそうですけども……』
瑞鶴の作戦に妙高は不可欠である。それどころか妙高が成否のほとんどを握っていると言ってもよい。
と、その時であった。瑞鶴に通信が掛かってきた。瑞鶴はすぐにそれを受けた。
「こちら瑞鶴。そっちは?」
『我が名は摂津。和泉型戦艦二番艦にして第一艦隊旗艦である! 愚かにも陛下に弓引く不届き者よ、今すぐ降伏せよ! さすれば命の保証だけはしてくれよう』
世界最強の和泉型戦艦の二番艦、摂津。面倒くさそうな少女が相手であった。
「まさか。ここまで来て降伏する訳ないでしょ」
『いくら帝国最初の船魄とは言え、第一艦隊に勝てるとでも思っているのか? そうであるのならば、痴れ者にもほどがあるぞ』
「ええ、その通りよ。所詮船魄としてはロクな実戦経験もない一航戦と二航戦、もちろん艦としての実戦経験すらないあなたにも、負ける訳がないでしょ?」
瑞鶴は挑発的に言った。
『貴様……我らを侮辱するか!』
「事実を言っただけじゃない」
『最後通告である! 直ちに降伏せよ! 拒否した場合――』
「拒否するわ」
『……よかろう。ならば死を与えるのみである! 和泉お姉様の名にかけて、貴様らを海の藻屑にしてくれる!』
「あっそう。精々頑張れば」
瑞鶴はすぐさま発艦を開始し、同時に第一艦隊の空母4隻も発艦を開始した。当然ながら敵の方が4倍の速度で発艦を行えるので、瑞鶴が発艦を終えないうちに襲いかかってきた。
「さあ妙高、出番よ」
『は、はい!』
もちろん瑞鶴は、第一艦隊に航空戦で勝てるなどとは欠片も思っていない。全ては妙高が作戦を実行する為の囮なのである。
○
同刻。明治宮殿にて。
「閣下、東京湾から所属不明の航空機が現れ、こちらに向かってきています」
神軍令部総長に伝令が耳打ちする。
「何? まさか瑞鶴の艦載機がもう抜けてきたのか?」
「さ、さあ。しかし突然帝都上空に現れまして……」
「ステルス機とでも言うのか……?」
「どうしたんだね、神君?」
石橋首相は焦った様子の軍令部総長に尋ねる。
「どうやら敵に先手を打たれたようです。ここに敵機が迫っています」
「何をやっているんだね海軍は!」
武藤参謀総長は軍令部を糾弾する。
「これについては申し訳ないとしか言いようがない」
「申し上げます! 明治宮殿上空に未確認機が到達! 上空を旋回しております!」
「どうやら、王手を掛けられたようだね」
石橋首相は落ち着き払った様子で言った。
「神君、どうする?」
「皆様にはすぐさま地下壕に避難していただく他ないかと」
「ま、待ってくれ! 明治宮殿が破壊されるなど論外です! どれだけ国威が損なわれると思っているのですか!」
重光外務大臣は大慌てで言った。万が一の備えはあるものの、一国の王宮が敵に、それも正規軍ですらない相手に破壊されるなど、帝国の威信に取り返しのつかない傷を残すことは間違いない。
「反乱軍如きの要求に屈する方が、国威を損ねるんじゃないのか?」
首相は尋ね返す。
「それは要求の程度によります。受け入れ不可能な要求をされた際は徹底抗戦あるのみですが、常識的な要求ならば受け入れた方が得かと」
脅されて要求を受け入れたと言わなければいいだけの話なのである。
「ともかくです、軍令部には直ちに戦闘行為を停止して頂きたい。話はそれからです」
「承知した。第一艦隊には戦闘を停止させよう」
「感謝します」
何が何だか分からないが、明治宮殿が今まさに破壊されようとしていることだけは確かである。神軍令部総長は取り敢えず、摂津に戦闘を中止させることにした。
○
「軍令部総長の神だ。現在、明治宮殿が敵の攻撃に晒されようとしている。摂津君、直ちに戦闘を停止してもらいたい」
『軍令部がどうして我々に命令を? 連合艦隊司令部以外からの命令など受けぬ!』
軍令部が連合艦隊司令部に命令し、連合艦隊司令部が各艦隊に命令するというのが通常の秩序である。
「連合艦隊司令部は余りにも遠く戦闘の指揮に適切でないことは明らかだ。よって連合艦隊司令部を飛び越し直接命令を与える」
『…………クソッ。分かった』
抗命するだけ無駄だと摂津も分かっていた。第一艦隊は艦載機を引き上げ、戦闘を停止した。結局、戦いという戦いは起こらなかった。
○
「よし……。よくやったわ、妙高」
明治宮殿を急襲したのは妙高の水上機であった。海面を船のように進むことで監視網を逃れたのである。
『は、はい……』
しかし綱渡りの作戦であった。もしも水上機が発見されれば第一艦隊に一瞬で撃墜されていただろう。妙高は力が抜けてへたりこんでいた。だが気を抜いている余裕はない。
「おっと、向こうから呼び掛けてくるとはね」
瑞鶴相手に大本営から通信の呼び掛けである。
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