月虹と第五艦隊

 第五艦隊は戦力再編の為暫く動けず、月虹も妙高の修理待ちで暫く動けない。だが手をこまねいている訳でもない。妙高はこの戦争を終わらせる方策を捻り出し、それには第五艦隊の協力が必要であった。


 修理中の妙高は船魄だけ港を離れ、瑞鶴に乗ってグアンタナモ基地に向かった。高雄とツェッペリンは留守番である。ドイツ海軍を完全に信用しきることはできないからだ。


「長門様、本当に来てくださるのでしょうか……」

「あいつは約束は守る奴よ。多分来るわ」


 グアンタナモ湾のすぐ外で待つこと30分ほど。一隻の駆逐艦が現れる。


「島風型かしら」

「第五艦隊の峯風ちゃんです! でもどうして……」

「へえ。つまり、その峯風って子も、洗脳に気付いたんじゃないかしら?」

「そうだとすると……第五艦隊は皆知っていることになるんじゃ……。いや、それはそれで良い事なのですが」


 長門が洗脳について知っている側の船魄であることは、妙高も既に知っている。故に長門に交渉を持ちかけたのであるが、何故か峯風が来た。


「き、緊張してきました……」


 妙高の心臓は長距離走を終えた後くらい激しく鼓動している。


「何でよ?」

「い、いや、その、妙高って長門様から見ると裏切り者な訳ですし……どう思われているか……」

「あいつも事情は知ってるだろうし、少なくとも恨むってことはないと思うわよ」

「そ、それならよいのですが……」


 妙高は瑞鶴の内火艇に乗ってキューバ軍の武装商船に移った。キューバ軍が月虹と少なからぬ関係を持っていることは公然の秘密である。妙高が瑞鶴と共に待ち合わせの部屋で待っていると、長門が一人で入って来た。


「な、長門様……」

「妙高か。大事はないか?」

「は、はい! 妙高は大丈夫です」


 裏切った身であれだが、長門が心配してくれたことが妙高には嬉しかった。


「そうか。元気ならばよいのだ。……瑞鶴、貴様も相変わらず元気そうだな」


 瑞鶴を睨みつけて、空気が凍るような低い声で、長門は言った。


「ええ、もちろん。お陰様でね」

「お前はとっとと沈んでしまえ」

「お生憎様ね」

「あ、あの……交渉は……」


 とても二人の間に何があったのか聞ける雰囲気ではない。


「ああ、そうだな。すまない。私達のことは気にしないでくれ。だが、初めに言っておく。お前たちは今のところ、行方不明ということで処理されている。妙高、それに高雄も、戻ろうと思えば私が何とか誤魔化そう。戻って来てはくれないか?」


 妙高は瑞鶴に視線を送るが、瑞鶴は自分で考えろと言わんばかりに視線をそっぽに向けた。


「わ、私は、申し訳ありませんが、戻ることはできません。長門様、まだ多くの船魄が、海軍によって洗脳されているんですよね?」

「そうだ。第五艦隊ではいつの間にか有名無実になっているが、他の艦隊では健在だろう。後ついでに言っておくが、洗脳ではなく敵味方識別装置だ」


 第五艦隊に本来在籍する船魄全てに陸奥を加えた5人は、既に識別装置のことを知っている。だがこの状態は非常に例外的であり、今でも他の艦隊は無邪気に同類との殺し合いを続けている。


「でしたら、妙高は帝国海軍に戻ることはできません。全ての船魄の識別装置を解くことを約束してくれない限りは」

「お前は思いの外、頑固なようだな。そうまでして、どうして識別装置を解除したいのだ?」

「妙高は、船魄同士が殺し合うことが嫌なんです」

「仮に識別装置がなくとも我々は殺し合うしかないと思うが」

「そ、それはそうですが……それならせめて、互いに納得していないと……妙高が納得できません!」


 高雄の思想は妙高に影響を与えた。世界中から船魄の殺し合いを廃するのは不可能だが、どんな状況であれ、何を殺しているのか知らずに同類殺しに使われるのは納得ができないと。


「なるほど。その気持ちは分からないでもないがな。これについては、これ以上の議論は無意味だろう」


 所詮は感情論であり合理的な議論に意味はない。


「で、お前はキューバ戦争を止めようとしているのだな? 識別装置の解除とは関係ないように思えるが」

「この戦争を終わらせれば、当面の犠牲を抑えることができます。その後に、問題の根本的な解決を考えます」

「なるほど。現実的な方策だな。それに帝国の目的とも合致している。それ故に我々に協力を申し出た、という訳か」

「は、はい。この戦争を終わらせたいということについては、長門様も同じ、ですよね?」

「無論だ。アメリカの侵略は容認できんし、これ以上犠牲を出したくはない。内容によるが、少なくともこの戦争が終わるまでは、我々は協力することができるだろう。具体的には何をする気だ?」


 妙高は一度深呼吸して、長門に告げる。


「アメリカに、原子爆弾を落とします。原子爆弾の威力を見せつけ、戦争を終わらせるんです」

「なっ……本気で言っているのか?」

「妙高は本気です」

「そう、か……」


 妙高の目には僅かの曇りもなく、長門すらその気迫に押されていた。

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