覚悟

 船魄でなければ衝突しているであろう至近距離にまで密集した駆逐隊。しかし普通に考えて、こんな陣形は自殺行為である。


「雪風、どういうつもりだ? 私達を沈めたいのか?」


 峯風は取り敢えず命令には従ったが、すぐさま雪風に文句を付けた。


『まさか。そんなつもりはありませんよ。こうすれば、敵は攻撃して来ない筈です』

「何? 格好の的になってるだけだと思うが?」

『まあ、見ていれば分かりますよ』


 10分ほどが経過した。駆逐隊は速度をかなり緩めて前進しているが、敵は――妙高と高雄は一向に砲撃を仕掛けてこなかった。


「た、確かに、撃ってこないな。どういうことなんだ?」

『第一艦隊は研究したアイギス艦隊の行動パターンしているんです。その上で、この状況では撃ってこないと判断しました』


 雪風は息をするように嘘を吐いた。


「全く意味が分からんが……間違ってはいないようだな」

『ええ、よかったです。さて、それではこちらか仕掛けるとしましょう。全艦回頭、撃てるだけ魚雷を撃ってください』


 駆逐隊は単縦陣を組み直すと、敵艦隊から25kmで41本の魚雷を一気に射出した。もっとも、この距離で命中を期待することは現実的ではないが。


 ○


『敵は魚雷を放ったようです。妙高、もう迷っている時間はありません』

「わ、分かってるけど……」


 妙高は依然として決断できないでいた。何があっても同じ帝国海軍の船魄を沈めることだけは避けなければならない。


『そんなに迷うなら、わたくしがやります。わたくしだけの火力でも十分でしょうから』


 高雄はそう言って主砲を動かし始めた。


「ま、待って!」

『あなたがやらないのなら、わたくしがやります。それ以外の選択肢はありません』


 例えかつての仲間を沈めたとしても、絶対にここで勝利しなければならない。高雄はその覚悟ができている。妙高と共にいる為に。


「わ、分かった。高雄だけにやらせる訳にはいかない。私も、覚悟を決めたよ」

『そう言ってくださると思っていました』

「絶対に沈めはしないからね。高雄も沈めないでよ?」

『もちろんです』


 妙高と高雄は魚雷を回避しつつ、ついに砲撃を始めた。


 ○


「撃って来たじゃないか!!」

『これは……予想外です。ごめんなさい』

「謝罪はいい! どうする!?」


 雪風の思惑は外れた。駆逐隊は重巡の砲撃に晒されている。峯風のすぐ側に砲弾が落着し、艦橋のガラスに水飛沫がかかった。


『全艦散開し、敵の狙いを逸らします。最大戦速で離れ、単縦陣を再編。突撃します』


 要するに普通の戦い方に戻るということだ。第一艦隊の駆逐艦達は雪風の意をすぐに汲み取って、お互いに500mは離れた単縦陣を再編し、峯風はその一番後ろに続いた。そして重巡に向かってやや斜め方向に、最大戦速で突撃する。


『全艦、魚雷の装填は終わっていますか?』


 敵との距離15kmほどで、雪風が問う。当然のように魚雷発射管には次の魚雷が装填され切っている。すばしっこく動く駆逐艦達に、妙高も高雄も未だ一撃を加えることすらできていない。


『では、今度は仕留めましょう。全艦、魚雷発射』


 一塊になって射出した魚雷は扇状に広がる為に簡単に回避されてしまったが、今回は面で敵を制圧する。各魚雷発射管は3秒ほどずらして魚雷を射出し、その軌道は複雑に絡み合うように制御され、その全てを見極めなければ回避は不可能である。


 撃沈とまではいかなくても確実に敵に損害を与えることができる。駆逐隊の誰もがそう確信した――次の瞬間であった。峯風の二番主砲塔が砲撃の直撃を受け、弾薬に引火して大爆発を起こし吹き飛ばされたのである。


『峯風! 生きてますか!?』


 雪風は大声を張り上げて問うが、返答はない。無線機に故障はないだろうから、船魄が気を失っているのだろう。


『……やはり、私と一緒に戦うなど自殺行為ということですよ。綾波と天津風は攻撃を続行。私は峯風の援護に回ります』


 雪風は峯風を曳航して戦場から離脱する。本来は旗艦ではない誰かに任せるべき仕事だろうが、雪風はあることを心配して、自らこの役に回ることにしていた。


 ○


「峯風ちゃんが!!」


 峯風に砲撃を当てた瞬間、予想外に大きな爆発が起こってしまい、妙高は一瞬にして取り乱していた。


『落ち着いてください、妙高! あの様子なら沈みはしません。ですが気絶はしているようなので、わたくし達の目的通りの結果です』

「あっ……そ、そうだね」


 沈めないくらいに痛めつけて無力化するというのを、完璧に成し遂げたのだ。峯風を心配する必要はない。だが、別の心配しなければならないことがある。


『妙高、敵の魚雷がもうすぐ来ます。まずは回避に集中しましょう』

「うん。今度も避けるよ」


 水中聴音機と目視で魚雷を確認しつつ、回避行動を取る妙高と高雄。だが魚雷は余りに多く、聴音機は飽和状態に陥っていた。


「高雄、魚雷がどこから来るか分かんない!」

『わたくしもです。目視で確認するのも、限界が……』

「あっ……避けられない!」


 妙高はどう足掻いても魚雷を避けきれない状況に追い込まれていた。喰らう魚雷が可能な限り少なくなるように移動するしか彼女にやれることはない。


 そして魚雷が3本、妙高の右舷で爆発した。


『妙高ッ!!』

「高雄……無事、なんだ……よかった…………」

『妙高? 妙高!!』


 妙高からの応答が途絶えた。

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