第四章 月虹

長門と陸奥

 一九五五年六月十二日、コスタリカ、プエルト・リモン鎮守府、長門の執務室。


 高雄を失ったあの作戦から帰還した後、長門は陸奥を執務室に呼びつけていた。陸奥は相変わらず何の危機感もないという風に現れた。そして何の遠慮もなく来賓用のソファに座った。

「陸奥、貴様、あの時は有耶無耶にしてしまったが、あれは何のつもりだ? 酔狂という範疇を超えているぞ」

「あれって? 何の話かしら?」

「とぼけるな。何故私に主砲を向けた。どうして高雄を敵に奪わせるのを幇助したのだ!」


 長門は机を叩きつけながら問うが、陸奥は全く動じずない。


「あなただって陛下から勅命を受けて妙高を逃がしたでしょう?」

「それはそうだが……まさか陛下から貴様に勅があったとでも言うのか?」

「まあ大体そんな感じよ」

「大体とは何だ」

「嘘ではないけど正確には違うってところかしら。流石の私だって陛下をダシにしようだなんて思わないわよ」

「その発言が不敬だ。私以外の前でそんな戯言を言っていないだろうな?」


 長門も当今の帝が関わることとなると、迂闊なことは言えなかった。


「ええ、もちろん。こう見えてもあなたのことは信頼しているのよ?」


 陸奥は妖艶に微笑んだ。長門は「そうか」とだけ応え、会話は途切れた。


 と、その時であった。執務室の扉を叩く音がして「電報です」と郵便局員が呼びかける。ちょうど話も一段落していたので、長門はすぐに局員を部屋に入れて、いつも通り封筒に入った電報用紙を受け取った。


「電報ねえ。ちょっと見せてよ」

「人の電報を見るなど趣味が悪いぞ、貴様」


 陸奥が興味津々に机に寄ってくるが、長門は陸奥をソファに座らせた。陸奥は流石にそこら辺の分は弁えているようで、退屈そうに座っている。


 いつも通り『発所:和泉 発信者:GF長官』の電報だろうと封筒を開けて中身を覗いてみると、確かにGF長官からの電報もあったのだが、違う者からの電報も入っていた。


 その電報の発所は第一艦隊赤城、発信者も赤城だった。赤城は帝国海軍でも最古参、長門と同世代の軍艦であり、ジェット機に対応した改修を施して今でも有力な正規空母である。船舶同士で通信を交わすのは珍しいことではないが、赤城からの電報というのは初めてだ。


 内容は、僅か2ヶ月の間に重巡洋艦2隻を失うという失態を指摘し、そして第五艦隊の視察と戦力増強に赤城と加賀などが向かう、というものであった。


「『船渠燃料其他被用意度よういされたく候』……か。まったく、無茶を言う」

「へえ、どうしたの?」

「隠すことはないか。赤城と加賀がここに来るそうだ。そして2週間以内に受け入れの準備をせよと」

「なるほど。でも、いきなり正規空母2隻の用意をしろっているのは普通は無茶だけど、今なら大したことないんじゃない?」

「何? ……いや、その通りだな」


 妙高と高雄がいなくなった分、ドックにも物資にも余裕はある。まあ正規空母の方が消費する物資は多くそれなりの用意は必要だが。


「ところで、あなたの信濃だけど、『私達側』の船魄なの?」

「信濃? まあ、そうだな。信濃はそもそもお前より古い船魄なのだ。舐めない方がいい」

「ふーん、そう」


 信濃もまた、帝国海軍が大半の船魄を洗脳して戦わせていることを知っている側の船魄だ。


「これでもう、知っている側の人間の方が多くなっちゃったわね」

「まあな」


 今のところ第五艦隊は5隻であるが、その内の3隻が事実を知っている。事実を知らないのは峯風と涼月だけで、第五艦隊では少数派なのである。


「もうあの子達にも教えちゃっていいんじゃない?」

「そんな雑な理由で教えられるか。この処置は船魄達の心を守る意味もあるのだ」


 船魄達への洗脳は、決して悪意のみによるものではない。少なくとも長門はそう思っているし、そう運用している。


「私からも一つ聞きたいのだが、赤城と加賀は、こちら側なのか?」

「ええ、まあ、多分。第一艦隊の連中なら多分そうでしょ」

「知らないのか?」

「私はあくまで連合艦隊直属部隊で第一艦隊とは関係ないし」

「そういうのは、どこに確認すればいいんだ?」


 長門は赤城と加賀がどちら側なのか確認しないことには、彼女らに対応しかねる。しかし陸奥は「さあね」と答えるだけであった。洗脳の事実は公的には誰も知らないことになっており、誰も知っているとは公言できないのであった。


「長門、何とかしてよ」

「お前のせいでこんなことになっているんだぞ。大体、いざとなったらお前が反乱を起こしたと告発するだけだ」

「へえ、そう。でもそれなら、何日も黙っていたことに説明がつかないんじゃないの?」

「……確かに、そうだな」


 反乱を即座に報告しないというのは甚だ不自然である。寧ろ長門の共犯が疑われるだけであろう。しかしながら、自分の保身になど興味がない長門に、その脅しはあまり効果的ではない。


「だが、私ごとお前を軍法会議に送ることはできるぞ。お前の反乱行為の証拠ならば簡単に揃う」

「え、本気で言ってる?」

「ああ、私は本気だ」

「妹を売ろうって言うの?」

「私も助からないのだ。それを売るとは言わないだろう」

「そ、それはそうだけど……」


 陸奥が初めて焦った顔を見せた。長門はその顔が見られれば十分であった。


「そうなりたくなければ、私に協力することだ。上手いこと連合艦隊を騙せ」

「もう、長門ったら。本当は私を守りたいクセに」


 長門と陸奥は今回の不祥事を何とか誤魔化すつもりである。

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