悪役令嬢の断罪に女神様が乱入して駄目出ししてきた

和泉 沙環(いずみ さわ)

悪役令嬢の断罪に女神様が乱入してダメ出ししてきた

「アウレリア・クルーガー公爵令嬢、お前はここにいるティアナ・ハーマン男爵令嬢に対し、執拗に嫌がらせを行っただけで無く、階段から突き落とすなどしてティアナ嬢に何度も危害を加えた。醜い心を持つお前は未来の王太子妃に相応しくない! よって、私はお前との婚約を破棄する!」


 ミヒャエリス国の貴族子女が通う学園の卒業パーティーで、ミヒャエリス国の第一王子オスワルドの声が高らかに響き、内容が内容だった事から会場がざわめいた。

 黒髪で黄金の目をした美丈夫であるオスワルドは公爵令嬢アウレリア・クルーガーの『悪事』をその後立て続けに言挙げし──。


「そして私は、真実の愛の相手であるティアナ嬢を新たな婚約者とする!!」


 オスワルドが最後にそう宣言すると、それをずっと黙って聞いていたアウレリア・クルーガーは、失望を隠さない表情で開口した。


「これは駄目ね。失格」


 婚約破棄を言い渡した上に断罪した相手に、何故か駄目出しをされたオスワルドの眉間に皺が寄った。


「失格? 何を言っている」

「アウレリアは公爵令嬢で、そこの娘は男爵令嬢。公爵令嬢がわざわざ自分の手を汚して男爵令嬢を加害しに行くとでも?」


 アウレリアが目で示した先にいるのは、オスワルドが真実の愛の相手だと口にした男爵令嬢ティアナ・ハーマンだ。ピンクブロンドの髪にアイスブルーの目をした小柄で華奢な保護欲をそそられる少女で、オスワルドの婚約者ではないというのに彼のエスコートを受けてこの場へ来ていたし、アウレリアに婚約破棄を言い渡す前からオスワルドに寄り添うように側にいた。


「取り巻きにやらせたに決まっている」


 普段と違う口調と雰囲気を醸している公爵令嬢アウレリアに違和感を抱きながらも、アウレリアが全て誰かに指示してやらせたのだと信じて疑わないオスワルド。その様子に、呆れたような様子のアウレリアは反論する。


「甘い。この国の次代の王となる予定の者の婚約者が問題行動をするわけがないし、足がつくような稚拙な方法を取るわけがないでしょう?」


 アウレリアが『次代の王となる予定の者』と言ったのは、第一王子であるオスワルドの立太子が卒業後に予定されていたからだったが、それが癪に障ったのかオスワルドの表情は険しいものになる。


「何が言いたい」

「本当にわかっていないのね。公爵令嬢が嫌がらせなんて回りくどい事などするわけがないの。アウレリアがその娘を本気で排除しようとしたのであれば、取り巻きなど使わずとも公爵家の力でその娘の家を潰すなりすれば事足りるのだから。──お前、そんな簡単な事もわからないの?」


 真っ向から否定された挙句、辛辣な言葉を返された王子は絶句した。


「まぁ、それ以前の話なのだけど、がその娘にした事は常識を説いただけ。その娘はね、婚約者がいる男子生徒との距離が適切ではなかったから注意されたに過ぎないのよ? それに、注意をしたのはアウレリアだけではないわ。当然でしょう? 決まった相手がいる異性に、それを知りながら接近していたのだから」

「アウレリア様、酷い……」


 話の矛先が自分に向かった事で、涙ぐみながらティアナは王子の腕に縋るようにしがみ付いたが、しがみつかれた方の王子はアウレリアの言葉の衝撃から回復していないのか、未だフリーズしていた。


「何が酷いのかしら?」

「私が元平民だから……」

「元平民だから何? 平民でも恋人や配偶者のいる相手とは適切な距離を取るわ。なのに、お前は注意されても聞き流して態度を改める事はなかったわね。目に余る態度だったからクルーガー公爵家を筆頭に、幾つもの家からお前の家の方に抗議が行った筈だけど、ハーマン男爵の方はお前に王子の寵愛があるのを知りチャンスと捉えたのでしょうね。抗議を無視して距離を取らせなかった」


 アウレリアの言葉に同意するように、多数の生徒は深く頷いている。


「知っているのよ? 王子の側近三人の婚約が最近、破棄や白紙状態になった事を」

「誤解です。私は──」

「誤解なわけがないでしょう? 大元の原因は、お前がで粉をかけたせい。お前の接近で心変わりした婚約者を見て、婚約を見直すよう親に進言した令嬢は賢明だわ」


 王子と公爵令嬢の婚約破棄の話だった筈が、婚約繋がりで二人の背後に控えている側近三人にも飛び火した。


「それなのにお前は、の婚約を破談させておきながら、罪悪感を一切抱く事なく交流を続けているのだから、厚顔無恥にも程があるわ」

「アウレリア様、酷い……」

「酷いのはお前たちの方でしょう? 邪魔なアウレリアを悪役令嬢に仕立て上げて、自分達の都合の悪い事を全てアウレリアに押し付ける算段だったのでしょうけど、私がいる限りそれは通用しない」

「さっきからお前お前と不敬じゃないか」


 ティアナを腕に付けたままフリーズしていたオスワルドが復活し、ティアナを助けるべく介入した。オスワルドはアウレリアに対して何度も「お前」と言っていたのだが、それを棚に上げていることに気付いておらず──アウレリアは悪役令嬢と呼ばれるに相応しい傲慢な笑顔を浮かべた。


「お前の方が不敬よ。──ああ、この姿じゃわからなかったわね」


 刹那、公爵令嬢の姿がベールを脱いだように変化した。

 公爵令嬢アウレリアの波打つ金髪が、濡れ羽色の真っ直ぐな黒髪に。エメラルドの瞳が、満月の黄金に。シミ一つない白い肌が、艶やかな褐色に。纏っていた鮮やかなスカイブルーと金糸の刺繍がされた民族衣装が、太陽のような眩さを放つオレンジ色に、一瞬で塗り変わった。


「我が名は契約の女神ヴァール。この国の守護をする者。皆の者、頭が高い」


 黒髪に黄金の瞳の威厳のある妙齢女性がその場に出現すると、その会場にいたほぼ全ての者が女神ヴァールを敬うように無言でその場で跪礼し低頭した。オスワルドの腕にしがみついていたティアナだけが状況を読めず、彼の動きにつられてその場にしゃがむ体勢になり、混乱していた。


「女神ヴァール、貴女様は何故このような事を?」


 跪礼した体勢で女神を見上げ、戸惑いを隠せない表情のオスワルドを見た女神ヴァールは鼻で笑った。


「お前、この国の王子なのにわからないの?」

「え?」


 その時、出入り口の方が騒がしくなり、「国王陛下の御成です!」と衛士の声がホールに響いた。女神が降臨したことが国王の耳に入ったのだろう、近衛騎士を複数連れた国王が女神の前に真っ直ぐ馳せ参じ、王子の一歩前の場所で跪礼した。近衛騎士も王に倣うようにオスワルドとティアナを左右から囲むかの如く跪礼する。


「いい所に来たわ、ミヒャエリス国王ファビアン」

「我らが尊き女神ヴァール。何故なにゆえ、このような場に?」

「端的に言うと、お前の息子が契約を一方的に破ってそれを婚約者に責任転嫁しようとしたから。この国の王子であり、次代の王となる予定の者が契約を遵守しようとしないのは問題でしょう?」

「何という事を……」


 女神の言葉に、ショックを隠せない国王。

 何故なら、ミヒャエリス国にとって──国の守護をする女神ヴァールにとって──契約は重要なものだったからだ。


「ファビアン、私が何を言いたいかわかるわね?」


 女神に名を呼ばれ、国王は静かに頷く。


「『契約』は?」

「『絶対』です」

「よくわかっているわね」


 合言葉のように女神ヴァールが口にし、国王がそれに答えると女神ヴァールは満足そうに頷き──国王の後方で跪礼し低頭したまま微動だにしない卒業パーティーの参加者達へ向けて開口した。


「皆に告げる。契約の女神ヴァールは契約を軽く見る愚か者オスワルドの立太子を認めない。後継者の変更が為されなければ次代からはこの国への加護は無いものと心得よ」


 女神の宣言に──その言葉の意味と重さに、国王ファビアンは動揺を隠せず、国王だけでなくその場に居た者たち全員が息を呑んだ。


「……女神ヴァール、私に王太子を変更せよと仰るのですか」

「そうよ。が婚約者ときちんと向き合っていれば、私が直接ここへ来る事はなかったのだから」


 そう言うと女神は、国王の後ろで跪礼したままやり取りを静観せざるを得ない王子を憐れむように見遣った。


「第一王子オスワルド、お前の何が駄目だったのかまだ理解出来ていないようだから、教えてあげる」


 言いながら女神は王の隣へ進み出、オスワルドの目の前に立つと説教を始めた。


「政略とはいえ、婚約も一つの契約。契約の女神ヴァールが守護するミヒャエリス国の王子であるお前は、それを遵守する義務があった。恋に浮かれて周りが見えなくなったのはわからなくもない。人の心が不変ではない事は私も理解しているから、情勢の変化等で契約の継続が困難になった時の為に、どんな契約にも特約の義務付けや契約解消の手続きのテンプレートを用意しているの」


 女神が説教する間、国王は同意するようにうんうんと頷き、女神の教えをよく学んでいるこの国の貴族子女たちも、真剣な眼差しで女神の言葉に耳を傾けていた。


「解決策は用意されていたのに、それを知ろうとしなかったのが一番の失敗ね。お前がその娘との真実の愛を謳うのなら、裏切ってしまった婚約者に対して速やかに謝罪した後、婚約の解消を正規のルートを通して行うべきだった。お前の中では筋が通っていたみたいだけど、第三者から見ればお前がやった事は不貞でしか無い事を自覚なさい」


 駄目出しの理由を、女神から親切にも説かれたオスワルド。納得いかない表情をしているオスワルドを見た女神ヴァールは片眉を上げた。


「王族である自分が婚約者に頭が下げられるわけがあるか、と言いそうな顔をしているわね。お前が悪さをしたのだから、個人的な謝罪くらいは出来るでしょう?」


 容赦ない言葉を投げる女神に言葉を返せないオスワルドだったが、その表情から内心を読み取った女神は呆れたような顔をした。


「まさかお前、「ごめんなさい」が出来ない子なの? まぁ、随分と甘やかされて育ったのね」

「一人息子ゆえに甘やかしてしまい、申し訳ありません……」


 ただの一人の親として、国王ファビアンが女神に頭を垂れて謝罪する。


「ファビアン、今回は特別に取りなしたけど、次は無いと肝に銘じなさい」

「承知致しました」

「それでは、これにて解散! ──ああ、忘れるところだったわ。卒業生の皆、卒業おめでとう!」


 女神の姿が眩い光を発して消えるのと同時に、天井から色とりどりの花びらが舞い降りた。

 会場に歓声が響く。

 女神からの言祝ことほぎと同時に、花びらが祝福として会場に満ちたからだった。


「…………」


 女神が立ち去った後、跪礼を解いて静かに立ち上がったファビアンはオスワルドの方を見遣り、息子と“真実の愛の相手”である男爵令嬢を避けるように降り注ぐそれを目にすると、憐憫を宿した目をし──刹那、国王としての貌になる。

 ファビアンと目があったオスワルドはその瞬間を目にした事で自分の行いを後悔するが、謝罪を口にする間も与えずファビアンはスッと片手を上げた。事前に指示していたのか、オスワルドとティアナの両脇を固めていた近衛騎士たちが二人を連れて行った。


「皆の卒業パーティーだというのに愚息が台無しにしてしまいすまない。パーティーは後日改めて行うゆえ、沙汰を待つように」


 王の威厳を保ちつつも軽く頭を下げた国王の言動に皆、内心動揺を隠せなかったが御意と答えるようにこうべを垂れるしかなかった。



「うわぁ、生女神様見ちゃった……」

「何かの節に降臨される事があると聞いていたけれど、本当にあるんだな」

「第一王子は残念だけど、女神ヴァールの祝福を頂けるなんて儲け物だわ」

「そうだね。一番のお祝いだ」


 公爵令嬢アウレリア・クルーガーに扮していた契約の女神ヴァールによる第一王子オスワルドの廃嫡を目の当たりにした生徒たちは女神の降臨と祝福に色めき立っていたが──その頃、本物のアウレリアは、寝室のベッドでスヤァと爆睡していた。寝ている間に自分の婚約破棄騒動が起こり、自分に成り代わった女神ヴァールがそれを返り討ちにして第一王子を廃嫡するという力技で丸っと解決している事など露知らず。

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