第二部:魔法使いの孫

Chapter6 胎動

第二部:プロローグ

 どこまでも続く花畑に囲まれていたのは、小さなログハウスだった。


 晴れ渡る空。吹き抜ける風。

 爽やかで心地よい世界にはたった一人しかいなかった。


 彼女は一人、ログハウスの庭で茶会を開いていた。艶やかな金髪ブロンドの長髪が風にたなびく。西洋風の顔立ちの美女である。

 木造りのテーブルにはアフタヌーンティーセットが並ぶ。同じく木造りの椅子に座る女性は、紅茶にミルクを入れてかき混ぜる。


 客のいない茶会にはもう慣れた。

 時間の感覚はもう、ないに等しい。今日が何月何日なのか、今が何時なのかを把握する必要はないからだ。


 ただこうして、変わらない日々を送るだけ。今の彼女にできるのはそれだけだった。


 しかし、今日は違った。

 独りきりの茶会を訪れる客が現れたのだ。


 花畑を抜けて庭に現れたのは、全身を黒の洋装――喪服に包んだ女性だった。彼女の顔は、幅広帽子から垂れるヴェールによって隠れて見えない。容姿についてかろうじてわかるのは、腰まで伸びる艶やかなアッシュブロンドの髪だけだ。


「あら、珍しいですわねサツキ」

「まあ、それだけのことが起きているというわけだ」


 サツキと呼ばれた喪服の女性は、人を食ったような声音でそう言った。

 ヴェールの奥の口元が、薄く吊り上がったように感じたのは気のせいではないだろう。


「でしょうね。でもまずはお座りになって? お茶くらい、ご一緒していただけますでしょう?」

「ふむ。それもそうだな」


 サツキは女性の対面に座る。ティーカップがひとりでに宙に浮かび、サツキの前に飛んでいく。これまたティーポットが浮かび上がると自動で紅茶を淹れる。


「ミルクは?」

「結構」


 サツキはそのまま口を付け、一口飲むと即座に切り出す。


「終焉の魔神が再誕した」


 花びらが風に舞い、テーブルの上に乗った。


「……そう。再誕はじまってしまったのね」


 女性は空を仰ぐ。穏やかに雲が漂う空の向こうで、誰かがわらっているような気がした。


「黒翼の魔王ロキ。ククク、ヤツの企みを阻止し、魔神を討つ、か。果たして彼らにそれができるかな?」

「できなければ世界が終焉おわる。それだけのことでしょう」


 女性は視線をテーブルに戻すと、そこに乗っていた花びらを手に取り口元に寄せた。それはアヤメの花びらだった。


「それでも、願わくば――」


 ――どうか、生きることを諦めないで、京太。その先に必ず、希望はあるから。


 そして花びらは再び風に乗り、今度は遥か彼方へと飛んで行った。

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