【長編】黒曜の聖騎士【完結済】

椰子カナタ

第一部

プロローグ

  1.アルド王国歴130年


 剣と拳の激突音が城内に響き渡る。玉座の間へと通じる通路で、男と女が対峙していた。

 

「……これほどまでにできるようになるとはな、勇者よ」


「世辞は結構。どいてもらえるかしら、カヴォロス」

 

 女の名は勇者ララファエル・オルグラッド。燃え上がるような赤く長い髪を持つ、20代前半と思しき美女である。 

 対する男の名は四魔神将よんましんしょうカヴォロス。魔龍族まりゅうぞくの末裔である彼は、頭頂部に刃のような一本角を携え、銀色に輝く鱗を身体の一部に持つ、武人然とした壮年の男である。

 

 勇者の剣に脇腹を抉られ、カヴォロスは膝を突く。

 

 彼女が勇者としてこの世界に現れてから3年弱の時が過ぎていたが、出会ったばかりの頃はとても勇者などとは呼べぬか弱い乙女だった。聖剣と呼ばれる、魔王を妥当できる唯一の力を持つ剣に導かれて、彼女は異世界から召喚されたのだ。

 

 それが今、こうしてカヴォロスに膝を突かせるまでの存在として成長している。所詮は異世界人。この世を知らぬ小娘などと軽んじてきた報いか。幾百の時を生きてきたカヴォロスにとって、3年など瞬きに等しい時間だ。だがその間に勇者は勇者として大きな成長を遂げていた。聖剣の持つ莫大な魔力を巧みに操る今の彼女は確実に、そして何よりも我らが魔王陛下にとって最大の脅威と呼べる存在であろう。

 

 それを完全に理解したからこそ、彼女の要求を呑む事はできなかった。魔王ダルファザルクこそがこの世界の実権を握る存在であると信じるカヴォロスが、ここで退く事などできない。

 

「できぬ。何があろうと、貴様を陛下の許へ行かせる訳にはいかんのだ」

 

「……そう。ならば、押し通るまで!」

 

 聖剣を振りかざし、カヴォロスへと疾駆する勇者を、対するカヴォロスは体勢を立て直して腰を深く構えて迎え撃つ。勇者の剣とカヴォロスの拳が交錯する。

 


「――見事だ、勇者よ」

 

「ありがとう、四魔神将カヴォロス。あなたがいなければ私はここまで強くなれなかった」


 

 ――アルド王国歴130年。魔王軍最強と謳われた四魔神将カヴォロス、勇者の剣の前に散る。


 その後、魔王ダルファザルクは勇者に討たれ、世界に平穏が訪れたのだった。




  2.西暦2015年


 居酒屋の一角で酒の席を囲む若者たちの姿があった。


 大学3年生の宮木竜成みやぎ たつなりは、所属するサークルの飲み会に出席していた。とはいえいつも顔を合わせている面子だ。少人数で、普段から友人として付き合っている連中である為、特に親睦を深める目的がある、と言う訳でもなく。


 ただなんとなく飲みたくなったから、という突発的な会だったのだが、自然と全員が集まる事ができた。


 しかし難点を上げれば、竜成は下戸であり、少量のアルコールですぐに眠くなる体質であった。その為、今日はあまり飲まないつもりで参加したのだが。


「……陛下、勇者が、ゆうしゃがぁ……!」


 結果はこの通りである。一杯目の生中で行けそうな気配を感じて、調子に乗って何杯も飲んでしまった。実際は周りの友人たちに比べれば全くと言っていいほど飲んではいない。


「あーあ、宮木の奴また酔っ払って寝ちまったぞ」


「誰だよ、こいつに飲ませ過ぎた奴。おーい、宮木ー。生きてるか?」


「保護者ー、竜成君がおねむの時間ですよー」


「……まだ、俺は戦え……」


 友人たちが声を掛けても、竜成は訳の分からない事を呟きながら、一向に起きる気配を見せない。意識があるにはあるのだが、こうなっては次に目覚めた時には忘れる事は明白なので、眠ってしまっているのと大して変わらない。


 仕方がない、とお開きムードになってきた所で、呼ばれてやってきたのは幼馴染みである天海結花あまみ ゆかだ。赤縁の眼鏡が似合う、大人しい雰囲気通りの女性である。


「竜成君、起きれる? たつな――」


 結花の声が遠くなっていく。最早酔い潰れて、夢か現実かも分からないまま、竜成の意識は深い闇の底へ沈んでいった。

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