Chapter 3-4
「こちらです」
森の出口に差し掛かった頃、ベルカがその先を指し示した。その方角を見やれば、人里と森を隔てる柵と、疎らに点在する木造の家々が確認できる。村だ。
夜は更け、辺りは暗闇に包まれていた。村の家々にも明かりは既になく、寝静まっている時間帯だ。
ようやく着いたかと息を吐くカヴォロスに、エルクが申し訳なさそうに言う。
「済みません、すっかり遅くなってしまいましたね」
「いや、むしろ思ってたより早かったくらいだ。2日は掛かるもんだと思ってたからな。ベルカの乗って来た馬のおかげだよ」
カヴォロスが返すと、褒められて喜んだかのように馬が鼻を鳴らした。体格はさほど大きなものではないが、よく手入れされた焦げ茶色の毛並みが猛々しさを感じさせる馬である。
この馬はベルカの家で飼っているものだそうで、今はその背に結花を乗せている。この為、ネックであった結花の移動速度を解決できたカヴォロスたちは、予想よりも遥かに早く村へと辿り着く事ができたのだ。
「ありがとね」
と、結花が馬の背を撫でてやると、馬は恥ずかしそうにしおらしくなった。
「なんだお前、照れてるのか?」
「フランベルジュは恥ずかしがり屋なんですよ」
「よく知ってるじゃないか」
「ええ、この村に来て彼を見た時、一目で気に入りましたから」
まるで自分の馬のように語るエルクは、心底このフランベルジュと言う名の馬を気に入っているようだった。
程なく森を抜け、満点に広がる星の空が一望できるようになる。雲一つなく晴れ渡った空には、無数の星々が煌めき、運河を描いていた。果て無く続くそれは、人口の明かりに囲まれた竜成の記憶にはない光景である。
「綺麗……」
カヴォロスが空を見上げている事に気付いてか、結花もフランベルジュの馬上から同じ景色を見上げる。
綺麗。そう、美しいのだ。これは勇者に敗れる前のカヴォロスにはない感覚だった。これは竜成としての感性から生まれたものだが、確かに今ここに生きているカヴォロスが感じているものだ。魔族であり、常に戦いの中に身を置いていた彼には、風光明媚を愛でる文化そのものがなかった。それが今、こうして竜成という人間の感性を手に入れた事で、夜空に瞬く星々の輝きを美しく尊いものだと感じられるようになっていた。
悪くない。カヴォロスは心の奥底で、自覚があるのかも分からないくらいポツリと、そう呟いた。
「行きましょう」
「ああ、悪い」
エルクの呼びかけに、そのまま見入ってしまいそうになっていたカヴォロスは視線を下ろす。
「そろそろ降りておくか」
「そうだね」
結花にも声を掛け、フランベルジュから降りるのを手伝う。
ここでカヴォロスは、ふと頭に浮かんだ疑問を呈する。
「エルク、ベルカ。俺はこのまま入って行っても問題ないのか?」
カヴォロスは先を行く二人に、腕を広げて見せる。無論、白銀の鱗に覆われたそれは人間のものではない。頭の角も合わせれば、彼が人間でない事など一目瞭然だ。何を今更、と思われるかもしれないが、エルクやベルカが全く気にしていなかった為に気付くのが遅れてしまった。
これから入るのは、紛れもなく人里なのである。
「心配要りませんよ」
エルクからしても今更だったのだろう、安心してくれとでも言わんばかりに苦笑する。
「この村に住んでいるのは皆、私と同じ魔族の子孫ですから」
「成程、そういう事か」
エルクもベルカも、何も心配していないという風体である理由がよく分かった。同時に、この村がこんな辺境の地にある訳もだ。魔族の血が流れる者として迫害される立場にある彼らは、こんな場所にしか居場所を作れないのだろう。
しかし、エルクは心配要らないと言うが、カヴォロスは一応気を付けた方がいいだろうなと肝に銘じる。迫害を受けているという事は、その理由そのものを忌み嫌っている者も少なからずいるだろう。いや、むしろエルクたち自身がそう思っていないだけで、彼らが少数派である可能性も考えられる。
さて、とカヴォロスはベルカの住む村へと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます