Chapter 3-2

 結局それからすぐに結花は目を覚ましたので、三人は支度を済ませて村へ向かおうとする。だがその前に、鬼たちの動向を確認しておこうとエルクが遠視を使う。あまり視界に光が入ると見辛いのは遠視の魔術でも同じなのだろうか、目の上に手を当ててひさしを作っている。


 単純に、遠くを見るというジェスチャーを加えた方が魔術を扱いやすいだけなのかもしれないが。どんな魔術も少なからず集中力を要するので、こういった細かな動きが助けになるのは有り得る。


「どうだ?」


「どうやら彼らに城から動く気配はなさそうですね。約束はちゃんと守って頂けるようです」


「何か聞こえるか?」


「いえ、特に大事な事は話してはいませんね。と言うか、この朝早くから酒盛りをしてはしゃいでいるだけのようです」


「それは……随分、愉快な奴らなんだな」


 カヴォロスは思わず口元を押さえる。竜成が下戸だったので、条件反射のようなものだ。カヴォロスが酒に呑まれた事はない。


「まあ、それなら気にする必要はないか。行こう。結花、歩けるか?」


「うん、大丈夫だよ」


「済みません、馬を連れていればよかったのですが」


「いえ、そんな。本当に大丈夫なんです。よく眠れたみたいで、全然疲れが残ってなくて」


 カヴォロスは双眸に魔力を集中させた。魔術と言うほどでもない、大雑把な魔力の使い方だった。だがそれでもカヴォロスの期待した効果は発揮できる。結花の身体には有り余るほどの生命エネルギーが満ちているのが視て取れた。疲れが残っていないという彼女の言葉は本当だろう。


 あんな野宿でこれだけ回復できるとは。或いは勇者としての力がこういう効果をもたらしているのかもしれない。


「……竜成、君?」


「ん、どうした?」


「その、怒ってるのかなって」


「いや、そんな事は……ああ、ごめん」


 どぎまぎしている結花の表情を見て、カヴォロスは魔力を解いた。目に力を入れていた為、睨み付けていると思われていたようだ。やはり自分は魔力の扱いが苦手だと思いながら、カヴォロスは今何をしていたのか説明する。


「……と言う訳で、別に睨み付けたりしてたんじゃないからな」


「魔力って、そんな使い方ができるんだね」


「とは言っても、疲れてるかどうかなんて大抵は見た目で分かるもんだし、こんなの殆ど意味ない使い方だけどな」


 もっと役に立つ使い方ができるに越した事はないのだが。武人として生きてきたカヴォロスには上手い魔力の使い方はできない。


「本当に魔力の扱いが不得意なのですね」


「まあな。大雑把にぶっ放すのは得意なんだけど、精密操作はな……」


 エルクには昨夜、カヴォロスについての話の中で魔力や魔術が苦手な事を話していた。


 カヴォロスの魔力はそれそのものが高密度のエネルギー体だ。放出するだけで絶大な効果を発揮する。実践した事などないがそれこそ周囲一帯の大破壊すら容易いだろう。流石にそれを実行すればほぼ全魔力を消費してしまうだろうが、放出する魔力量を調節するのは得意で、身体の動きに合わせて適度な魔力を放出する事で加速したりといった芸当は誰よりも上手い。


「とにかく、結花が本当に元気なのは間違いないんだ。さっさと行こう」


 村に着くのはできるだけ早い方がいいとカヴォロスは考えていた。あと6日で鬼たちは村へと侵攻する。そうなる前に村人たちには逃げてもらわなければ。


 しかし、首尾よく村から逃げてもらったとしてどう鬼の軍勢と戦うのか。さしものカヴォロスと言えど、数には敵わない。大軍を相手にできる武器や魔術が使えれば話は違うかもしれないが、カヴォロスにできるのは魔力の大放出くらいだ。それでは村が消滅してしまうし、全ての鬼を倒せるとは限らない。


 そうなってしまえば、魔力の枯渇したカヴォロスに勝ち目はない。そもそも、それだけの大破壊を巻き起こしてカヴォロス自身が無事であるかどうか。


「鬼とどう戦うか、お考えですか?」


「ん? ああ。あの数にどう対抗すればいいかなと思って」


「でしたら私にお任せください。カヴォロス殿は辰真という鬼をなんとかして頂ければ」


「いや、あの数だぞ」


「大丈夫です。既に手は打ってありますので」


 と微笑むエルクに、カヴォロスは分かったと頷いた。ここで言い争っていても仕方がない。エルクが何を考えているのかは分からないが、今は村へ急ぐべきだと割り切る事にした。

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