第40話 5回裏 「俺たちは天才じゃない」①

《青海視点》


   *


命題・屋敷慎一をいかにして抑えるか?


 置鮎はこう答える。

「仮に俺が屋敷に投げるなら――コース毎の打球方向を分析し守備シフトをとるだろう。仮に空振りがとれなくても高い確率で野手の守備範囲に打たせられる。これは高いコマンド力が要求されるやり方だから、ボールが暴れがちなおまえにはむいてない。参考にならなくて悪かったな。!!」

(そんなことくらい泡坂こいつも理解しとるで、置鮎)


 今村はこう答える。

「相手にとって恐いのは泡坂おまえや風祭みたいな強打者スラッガーや。強打者と対戦することはランナーの有無、アウトカウント関係なくピンチなんや。なにしろ一発がある」

「……」

「現に屋敷はあの打率でたった2回しか敬遠されてない。長打がないから勝負する価値があると思われとるんや」

「……」

「屋敷は一人で試合を決めきることができへん。前後の打者が仕事をしなければ得点は生まれない。相乗効果シナジー必須なんや。封じることはたやすい。長打を避けさえすれば大怪我は避けられる」

「……」

 今村は嘲笑う。

「松濤の他の打者は底が知れとるからな。比叡とアダムは共にシニアの日本代表で中軸を任されるほどの才能の持ち主やけど……同い年で全国獲った俺たちと比べたらかわいそうやろ」


 泡坂はこう答える。

「屋敷相手にベストの状態にもっていくために、調使?」


   *


 5回裏、松濤の攻撃。

 7番逸乃をカットボール(ファウル)、ストレート(空振り)でまで追いこんだあと、バッテリーは二度、外角に

 カウントはになる。

 ざわめく観客席。両チームのベンチに動揺はなかった。

 ストレートを2球見送った逸乃は、すでに相手の意図に気づいていた。

「球数を増やして球速を上げようとしてる?」

「せやで。悪く思わんとってね1年」

 あくまで屋敷対策の一環だ。

 先発完投を指向する泡坂は試合前にあまり投げこまない。

 それはこの決勝戦でも同じだった。

 ピッチャーは球数を投げ肩をつくらなければ100%の出力はありえない。

 だがこのゲームは青海バッテリーにしてみれば順調に進みすぎた。球数がかさむ状況が(屋敷の第1打席を除けば)ほぼない。

 このイニング松濤の攻撃は7番から始まる。リスクが少ないこの回で試すことにした。

(屋敷との3回目の対戦で後悔しとないからな)

(舐めプなんやけど逸乃はキレとらん。自分の実力を弁えているんか)

 逸乃のバッティングの長所は対応力、そして思い切りの良さ。

 泡坂が容赦なく内角に撃ちこんだ速球を逸乃は避けず強気のスイング!

 そのボールはバットにかすりもせず、今村のミットにした。

 逸乃がささやく。

「これが泡坂の――」

 全力投球。

(神速の3歩手前……)

 先頭打者を始末した。


 凡退した逸乃が片城になにか耳打ちする。球種と球速についてだろう。

 片城は弱い。素人同然の男だ。パワーもスピードもないバッティング。それでもこの都大会でそこそこの打率を残して入るが、

(相手の配球を読むセンスはある。でもストレートには滅法弱い)

 そのストレートを2球続けた。

 片城はスイングせずカウントは

 泡坂は変化球のサインを今村に送る。

(せやな、今確かめるのも悪くはない)

 3球目、カットボールで空振りを奪う。《悔しそうな表情を見せる片城》。

(なんや、なにか勝算があって打席に立っとるんかこいつ?)

 泡坂からカーヴのサインがでる。

(せやったらアウトコース、ストライクからボールになるカーヴやな。ボール球振らして打てる可能性がまったくないことをわからせてやらんと)。

 最速ストレートとの球速差があるカーヴは攻略難易度が高い。

 だが片城は4球目を見送る。主審は「ボール」のコール。

(直前までヒッティングする〈意〉やったはずなのに……勢源からの指示はなかったはずや……)

「種もしかけもありませんよ。泡坂さんのフォームがあんまり迫力があったんで打つ気が失せてしまっただけです」

 情けない顔をさらしながら片城は言った。

(どうやら俺の打者の心を覗く能力……対策したつもりで試合に臨んでおったようやな。同じ打席でコロコロと狙いを変えてくる。次は選球するのか、なんとかあてて1塁まで駆け抜けるか)

 今村は考えない。考えずとも答えは決まっている。

 このイニングは泡坂の状態を上げるために使う。そう胆を決めてきた。

 片城の〈意〉を見るまでもない。

(神速の2歩手前……)

 片城は、――そのボールの遙か下をスイングしてしまう》。彼我の実力差を再認識させられた。

8番打者を消去した。

「わかっていたことが現象したってだけです」

「負けた奴がペラペラしゃべんなや」


「君がネコ被ってバッターボックスで大人しゅうしてるのには気づいとったで」

 左打席にはいった桜にそう今村は指摘した。

「なんだ?」

「桜が左打席にはいれば大事な右腕を相手投手にさらしてまうやん。バッティングに自信があるから『左』なんやろ? 投手だからバッティングは避けてきたこれまでの打席は全部策略、違うか?」

 桜の都大会における打率は.174。

 よほど打ちごろなボール、あるいはチームの勝敗に関わる場面で回ってこなければ、バッターボックスのすみでバットをかまえボールを見送るだけだった。

「サクリャクってなんだ?」

「打つ気満々なのバレバレやから」

(今日も第1打席スイングせえへんかったけれど、この打席は打つつもりらしいな)

 桜は黙って打席に立つ。

 かまえは大きい。そしてこなれている。

(スイングも効率的やった。190㎝前後のサイズ、身体能力……当たれば飛ばしかねんで泡坂)

 桜はクールだ。今村の挑発には付きあわず相手しか見ていない。

 初球――泡坂が振りかぶると同時に、ネクストバッターボックスの屋敷がバットをかまえ、打者桜と同調するかのようにスイング、

 桜の腕が硬直する。そこは狙っていたコースではない。

 フォークボール。ストライクゾーンにははいっていない。

ナイス選球ナイセン桜! 舐めプですわ。初球ボール球とか」

 屋敷もスイングを止めていた。

 実戦でコントロールできた。これで3回目の対決でもフォークがバッテリーの選択肢にはいる。

 泡坂に投げ返す今村。

 サインにうなずく泡坂。

「好きに打て!」と屋敷が叫んでいる。

(そんな指示あるかいな)

 この試合最上のボールが射出リリースされる。

 中腰になって高めのストレートを捕球した今村。

 桜は、

 そのときただボールに見惚れていた。自分にとっての理想の投球がそこにあったからだ。

 判定はボールだが。

(コントロールが利かなかった……だが修正はできる範囲や。対屋敷戦ではストライクにも投げられるし、今のように外して振らせることもできる)

 カウントは。打者有利だが泡坂だ。カウントなどどうとでも整えられる。

 整えられるはずだが、桜はスピードボールを見極め、変化球に手を出さない。焦れたバッテリーは第6球にストレートを選択。

(桜の〈意〉は遅いボール)

 そのボールが大きく外れ、主審は首を横に振る。

(歩かせた)

 泡坂はこの試合初めての四球フォアボールだ。

 桜は両手で小さくガッツポーズした。松濤ベンチの選手たちが一体となって声を張り上げる。

「泡坂はギアチェンジしてもコントロールは悪くならねーはずなのに。原因はあいつか?」

 松濤一の青海マニアがほざく。

 今村はつぶやいた。

「かまへんで。ランナーがいようがいまいがあいつは今ここで荼毘に付す」

 2死1塁。

 泡坂は初めてランナーを置いた状況で松濤の1番打者と勝負する(もっともこの男はセットポジションで投げようと球威がまったく落ちないのだが)。

 泡坂は自分の笑みに傲岸さを隠さない。

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