第二章

5. VS赤マント

***


 朝の風は、何より冷たかった。今越えてきた川の影響もあるだろう。冷たい山水に触れた時のような、芯から冷える心地がする。ひゅうっと口笛を吹いたそよ風に、クリスは外套を首元まで引き寄せた。

 リヴァを発って、東を流れる川を越えた。川幅が広く、橋を探すまでが苦労したが、それを終えたらば後はスムーズだ。

 川を越え街を跨いでも、この大陸一帯は全てウェスヒュー王国。面倒な国境越えの手続きも要らない。グラシアとリヴァの間は深い森であるため、そこにも国境騎士は配置されていなかった。面倒事が無くて助かる。

 ──ヒュウッ!!

「……っ」

「風がよく通るね」

 ショウが目の上に手の傘を作って呟く。同感だった。

 川を越えた先に広がった景色は、砂漠にも近い更地。民家はおろか、田畑や人のいる気配もない。

 瞬きをする度、小さな砂がはらはらと。睫毛の先から降りてくる。どことなく口の中もじゃりじゃりと音を立てているし、風で舞い上がった砂が体に纏わりついているのだろう。

 また風が吹き、踊った外套。

 それを見て微かに目を丸くした。灰色の外套が、赤砂に塗れて赤っぽくなっている。

「あーあ。今日はお風呂にでも入りたいね」

 おどけた調子で言うショウの外套も赤い。その言い草に、肩の力が抜けた。

「街に着けたらだな」

「着けるかな~。でも流石にこんな砂地の真ん中で、野宿は嫌かも」

「旅をする限り、野宿はつきものだろう」

 そうだけど、と笑う。

 その瞳は、真っ直ぐ前を見据えていた。段々と、赤色に染まったその目に鋭さが混じっていく。笑みを浮かべた口元も、好戦的な色に歪んで。

 風が吹く。追い風だ。

「やっぱり野宿は嫌だな。……ああいうのがいるから」

 赤砂が、吹く風の形を描く遥か前方。


 こちらに向かって駆けてくる影がある。


 その人々の手には大剣、斧、杖。魔力を込めるのにうってつけの武器の数々。赤マント、とでも呼ぼうか、彼らは皆、口元や頭まで覆い隠す赤いマントを羽織っていた。

 標的はこちら、と言わんばかりに眼光がぎらついている。

「数が多いね、クリスを庇いきれないかも。いざという時、自分で何とか出来そう?」

「三人くらいなら」

「オッケー。……後は全部、俺が狩り返してやるね」

 狩る。

 そんな言葉を使ったショウに、クリスは一瞬視線を向けた。あの襲撃者について、何か知っている風だ。

 今は詮索している場合ではないけれど。

 弾かれたように、二手に分かれる。それに応じて相手も分散した。赤マントは総勢ざっと十人ほど。いくらかクリスの方に人数が寄っていると見える。

(俺の方がすぐに倒せると踏んだか?)

 襲撃の目的は知らないが、ショウがドールと知っているのだろうか。大抵ドールは持ち主の護衛もするため、生身の人間より身体能力が高い。

 ヒュッ! と刃物が空を切る。

 風音に耳を澄ませ、クリスはそれらを躱した。俊敏に動くには、肩から下げた鞄が大きくて困る。

「っ!」

 息を止めて。

 遠心力を振るい、思いっきり鞄を振り回す。中に鈍器が入っているわけではない。だが重量と遠心力で十分人は飛ばせる。大剣を持った赤マントの一人をなぎ倒した。

 絶えず襲い来る攻撃。

 続いて斧を振り上げられた、瞬間、空いた脇腹を狙って体当たりする。

「ぐはっ……!!」

 それでも無理矢理に振り下ろそうとする、斧の赤マント。執念深さに内心感心しながら、一瞬の隙をついて顎を打った。人間の急所。二人目が再起不能になる。

 中々攻撃の通らない状況に煮えたらしい。今度は総勢で攻撃を仕掛けてくる。

 ボウ……と見えない力が凝縮し始める杖の先。両脇から飛び込んでくる剣、剣。

「大人しくしろ!」

 怒りと脅しを交えた叫び。

 それ自体全く響くことは無いが、冷えた脳内で考える。

(……どうする)

 囲まれた一斉攻撃。対応出来ない。


 ──クリス、グラシアを出てはいけない。きっと碌な事にはならないぞ。

 ──お前の気持ちも分からないではないがな……その目的は果たされるべきではない。国の外は、グラシアとは訳が違うんだ。旅なんて……。


 ふと脳内に流れ落ちた制止の声に、舌打ちしそうになる。

 ほら、やっぱり碌な事にならない。走馬灯に笑われているかのようだった。

 その時。


「うっそでしょ~? 何、仲間割れしてんの? あり得ないんだけど」


 ウケる、と。

 場を切り裂いた明るい少女の声は。

 明らかにこの局面で不釣り合いだった。

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