第26話 魔力鑑定

◇◇◇


 後発のアルバートが神殿に到着すると、速やかに洗礼の儀式は執り行われた。


 件の魔力鑑定媒体は、大柄なウィリアムの両手に余る程に大きな、透明度の高いクリアカラーのロッククリスタルだ。


「これは、見事な。同じ様な物が各領地の神殿にあるのか」

「左様にございます。大きさは様々ですが、公爵領から伯爵領にいたるまで全ての領地に置かれております」


 ウィリアムの問いに答えたのは、神殿長ゲイルだ。見た目の印象通り、物腰の柔らかい好々爺のゲイルは、神に身を捧げ、領民へも献身的に尽くしてくれている。


「ナイトレイ侯爵閣下。お気を付け下さい。触れれば立ち所に、魔力を吸い取られます」

「如何程だ」

わたくしは最低限の水魔法しか扱えませぬが、意識を保てませんでした」

「ほう。実に物騒な代物ではないか」

「誠に」

「魔力の主も特定できるのか」

「その様でございます。わたくしへは、学園への案内は届きませんでした」

「はっはっはっ。それは、残念であったな」

わたくしも若者に交じって学園生活を楽しみとうございました」


 ゲイルは、遊び心と好奇心も持ちあわせているようだ。


「他に知っていることはあるか」

「魔力鑑定の仕組みについては、存じませんので、お答えできません」

「ならば、誰が使っている」

「国王陛下に仕える【祝福ギフト】持ちにございます」

「魔力はその者が吸い取っておるのか」

わたくしが見た限り、読み取るだけのようでございました」

「読み取るとは、魔力量や特性も分かるということか」

「左様にございます」

「薄気味悪い。洗礼を拒むことはできぬか」

わたくしも同感にございますが、許されぬことかと存じます」

「相分かった」


 ウィリアムとゲイルに見守られ、アルバートはゆっくりとロッククリスタルに手を近付けた。指先が触れた途端、魔力を急激に吸い取られた。

 抵抗する術もなく、目の前が真っ暗になり、アルバートは気を失った。


 咄嗟にアルバートを支えたウィリアムは我が目を疑った。聞いてはいたが、瞬く間の出来事だった。クリスタルにはなんの変化も見られない。


「結果は既に、陛下へ届いているのか」

「アルバート様の洗礼は、国王陛下も楽しみにしておいででしたので、既にご承知かと推察致します」

「普段は、遅延するか」

「魔力量による差異が、数分から数時間程度、生ずるようでございます」

「【祝福ギフト】は陛下の傍近くに仕えているということか」

「左様にございます」


 滞りなく、洗礼の儀式は終わった。気を失ったアルバートを抱え、ウィリアムはその場を後にした。


 ウィリアムは護衛騎士にアルバートを託し、二人の護衛と共に館へと急ぎ駈け戻った。


◇◇◇


 執務室には、既に、側近達が集っている。


 伯爵位を持つ側近達は、我が子の洗礼に立ち会ってはいなかった。


 因みに、法務担当ゼン・サンチェス伯爵と財務担当エドウィン・コックス伯爵は妻子持ちで、子達は皆、洗礼の儀式を済ませている。

家令スチュワードヨハン・テオ男爵は愛妻家だが、子宝には恵まれていない。

騎士団長アッシャー・ケリー伯爵とウィリアム専属執事バトラー兼護衛のフィル・グレイ男爵は独身だ。


 ウィリアムの話と照り合わせ、信憑性を加味し、二年後のシルヴィア洗礼に益々危機感を募らせている。


「心身への影響はないようでございますが、シルヴィア様の魔力を吸い取られては、ルフ様の逆鱗に触れるのでは、と推測致します」

「うぉ!我々に対してか?あぁ、王室に対してか!」

「とりあえず、ルフ様はシルヴィア嬢が悲しむ事はなさらないだろうが、シルヴィア嬢が気を失った瞬間、瞬殺されそうだな」

「……、今のシルヴィア嬢には、領地のみが全世界であろう。だが、それ以外は、……あり得るな」


 人類生存の危機か!?否定できない可能性に、執務室は静まりかえった。


「うむ」と口火を切ったのは、ウィリアムだ。


「近々、王都へ行かねばならぬな」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か」

「好奇心は猫を殺す、とも言うぞ」

「恐怖心は往々にして危険よりも大きいもの、であってほしいものだ」


 ドア近くに控えていたフィルが、ノック音に対応し、「御館様。ノアが報告に参りました」と告げた。


 ウィリアムは、アルバート専属執事バトラー兼護衛のノアを執務室へ招き入れ、報告を促した。


「御館様。アルバート様と共に無事帰還致しました」

「アルの様子はどうだ」

「失神されたままでございます。寝室にて、ハリス医師が診ておられます」



 アルバートはそのまま翌朝まで目覚めなかった。


◇◇◇

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