第16話 結束

◇◇◇


 夕餉の席は賑やかなものとなった。


 側近だけでなく、騎士や家人達も呼ばれたため、調理場は戦場と化していた。見習いまでもが一堂に会するなど、これまで一度もなかったことだ。

 皆が総出で準備し、食堂の大きな卓に乗り切れないほどの料理が並べられた。立食形式ではあるが、壁際に椅子が並べてある。


 因みにこの時間、気の毒にも見張りに当たった者達は、皆に先んじて、報告を受け、アルバートやシルヴィア達と共に酒なしの晩餐を楽しんだのでご安心頂きたい。



 皆が揃ったところへ、侯爵夫妻と側近達が入室した。


「皆に嬉しい知らせがある。ナイトレイ家は神の加護を賜わった。今宵は祝宴だ。無礼講である。存分に楽しんでくれ」


 ウィリアムが宣言すると、「うおぉー!」と地鳴りがするほどに会場が沸いた。泣きだす者、抱き合う者、喜びを噛み締めている者、表現は様々だ。


 今日は皆、生きた心地がしなかった。

 鳴り響く警鐘。魔力を持つ者は圧倒的な圧に抗う術もなく平伏した。解放され後も不安でならなかった。

 無事に明日を迎えることが出来る。神とナイトレイ家への感謝の念に堪えない。


 無礼講とは言え、家人が貴族に話し掛けようはずがない。側近達は極秘事項を伏せ、今日の出来事を率先して語った。


 真神が犬の姿に権現されていること、シルヴィアとマリーが精霊の姿を見たこと、森へ入ったこと、シルヴィアが真神の魂の片割れであることは口外無用とし、強制力の強い魔法契約書を交わした。


 元々、侯爵一家へ心酔している者達の集まりだ。侯爵家の細やかな気配りや手厚い支援を受けている恩を仇で返すわけにはいかない。気まぐれな神の不興を買うことのないよう誠心誠意お仕えしなければ、と益々の忠義を誓いあい、ナイトレイ家へ仕えている幸運を喜び、皆、大いに祝宴を楽しんだ。


◇◇


魔法契約書とは、精霊に対する破れぬ誓いである。

貴族は、秘密厳守、主従関係、婚姻等、様々な場面でこの魔法契約書を交わす。

もし誓いを破れば、書は燃え上がり、精霊からの制裁を受ける。

最も重い制裁は、死である。

軽い制裁でも、永久に魔力を失う。

魔力を失うということは、即ち、爵位を失うことを意味する。


魔力のない平民同士でも、魔法契約書を交わすことは珍しいことではない。

その場合、各領地の神殿にて、文字通り、命を賭けて誓う。


誓いを結ぶ者は跪くか向かい合って立ち、魔力を持つ第三者立会の下、宣言し、魔法契約書へ血判を押す。


契約の解除は、契約者の死、契約期限を定めた場合は満了日、契約事項完了時、双方の同意を以て、可能である。

尚、解約の場合も、書は燃え上がり、消滅する。


◇◇


 館の仕事を担う者は全員、兵士も、出入りの業者も、ナイトレイ家と魔法契約書を交わしている。ここでの会話を口外するような愚か者はいない。


 今宵、ナイトレイ侯爵領の結束は、一層強固なものとなった。王室が無茶を強いる様ならば、その時は、独立するつもりで王位継承権を放棄したのだ。


 ウィリアムは、呟いた。


「皆を、民を、この地を、護らねばならん」

「ええ。この笑顔を絶やさぬように。私達の手で」


 フローラは、一人ではないと分からせるように、ウィリアムを抱きしめた。


◇◇◇

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