第11話 安らぎ

◇◇◇


 ルフは二人を背中に乗せ、精霊に先導させながら、空を駈ける。


(飛んでいるわ!!!)


 シルヴィアは歓喜に震え、マリーは恐怖に戦く。


 風の精霊が作ってくれた空気の膜がなければ、呼吸をすることも難しかっただろう。

 火の精霊が空気を温めていなければ、凍えていたはずだ。


 並みの令嬢ならば、気を失っている。そもそも、普通の令嬢は、森へ入ろうなどと思いもしないのだが。


 さて、我らがシルヴィア嬢はというと、やはり、普通の令嬢ではないようだ。


 シルヴィアは、嬉々として、この状況を楽しんでいる。何も見落とすまいと、下界をのぞき込む。


(キャー!素敵だわ!!この世界の果てまで行ってみたいわ!)


 同乗しているマリーはというと、シルヴィアを必死に守ろうとしている。実のところ、マリーは、半日の間に次々と起こった案件で、既に感覚が麻痺していた。


(考えるな、動け!シルヴィア様だけに集中しろ!)と、心の中で自分自身を叱咤激励し、シルヴィアのみに焦点を絞っている。シルヴィア命。ぶれない、頼もしいマリーである。


 愛する領地を眼下に眺めながら、シルヴィアは高揚感に打ち震えている。


 高く連なる険しい山脈。裾野に広がる広大な森。点在する大小の湖や沼。豊かな大地に横たわる大河。遙か遠くに小さく見える丘。丘の上には館、下には町が扇状に広がっている。彼方には大海が輝いている。


 なんと美しい世界!この世界を守りたい。


 シルヴィアは、決意を新たにした。


◇◇◇


 短い空の旅が終わりを迎えようとしている。


(もっと遠くへ行ってみたいわ)


 シルヴィアが残念に思っていると、耳ではなく、意識に直接語りかける声が聞こえた。


『シルヴィア。お前が望むらなら、何処へなりと今すぐ連れて行く』

(ルフは、わたくしの心の声が聞こえるのですか?)

『無論。名付けとは誓約。我は其方に傅く』

わたくしは、何をすれば良いのでしょう?)

『唯、健やかであれ』

(畏まりました)


 シルヴィアは、心から安堵した。見目は四歳の子ども。記憶は十六歳の少女。二つの記憶があるという秘密を抱え、一人で恐怖心と戦ってきた。


(ルフは、わたくしの記憶を見ることはできまして?)

『シルヴィアが望むのであれば、記憶を催合う』

(望みます)

『相分かった』


『シルヴィアの二つの魂。一つは幼く、一つは恐怖に疲弊しているが、柔靭で賢く美しい』

(ルフ。ありがとう存じますわ)


(まあ!大変なことを失念しておりましたわ)

『いかがした』

(空から帰宅いたしますと、家の者がたいそう驚きますわ)

『では、盛大にみなの度肝を抜くとしよう』

(!!!あのお、ルフ。お手柔らかにお願い致しますわ)

『案ずるな。其方を悲しませぬ』


 ルフの言葉が、シルヴィアの琴線に触れる。泣きそうな程、嬉しい言葉。


 未だ、恋を知らぬシルヴィアは、この胸を締め付けるような思いを、感動と捉えた。


(嬉しゅうございます)


 涙をこらえ、ギュッとルフを抱きしめた。


◇◇◇

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