第5話 猜疑心

「本当に頑固すぎて困るわ」

父親の義一が、倒れたばかりの頃に看護と家事のヘルパーを頼み、その2人の女性のヘルパーが家の廊下で父親の陰口を言っていたのを聞いてから、義雄は、ヘルパーに対してわずかに猜疑心を持つようになっていた。



みんながみんな、父親の頑固さに陰口を言うヘルパーではない事は後々、分かったが、当時は仕事と父親の看護の手続きなどに追われて疲れきっていた。



認知症も足の骨折も誰かのお世話になる事も認めたがらない父親にも疲れ果てていた。



これならいっそ、自分が仕事を辞めて父親の面倒をみた方が陰口を他人に言われるよりも楽だ。



そんな気持ちから、ある程度の貯金を貯めた後に仕事を辞めて父親の看護を始めた。



母親が亡くなってから、義雄は特に父親とは話す事もなかったが母親に代わって、今までしたこともない家事や義雄の学校の事を仕事をしながらしてくれた父親には感謝していた。



だから、まだ40代の若い自分は看護も出来るとあなどっていた。



父親の病院の同伴、朝昼晩の食事、思うように体が動かない父親の苛立ちをなだめる毎日。



体力も精神も削られていく。ニュースで介護の事件を見るたびに他人事には思えず、このままでは共倒れしてしまう。焦りしかなかった。



義雄は、虚ろな瞳と自分の思考に気がつき、重い腰をあげて市役所の介護の福祉課にヘルパーの申請に行った。



これで楽になると思ったが、想像以上に他人が今まで2人暮らしだった家に出入りするのは、気を遣い、ストレスになった。



今までそれなりに気持ちは落ち着いていた父親の一義がヘルパーに声を荒げる事も多くなり、何人もヘルパーが変わり辞めていく。



義雄もそんな生活と父親の陰口を言う数人のヘルパーに疲れきり、風呂の介助だけのヘルパーを頼んだ。



また静かになった家だったが、義雄が買い物や父親の病院に外出するたびに、近所の人は同情と冷ややかな目で親子を見るようになり、近所付き合いも自然消滅した。



コドクだ。


この国は、老人の人口が多いのに使い物にならない人間は、用済みのような目で見られる。



かつては、家事も子育ても仕事もこなしていた父親と仕事を通じて社会の歯車として貢献していたと思っていた自分が、介護の世界に踏み込んでしまえば、世間からあっという間に切り離された。



虚しさと憤りを覚えたが、義雄に出来る事は、社会や世間に対して猜疑心を抱えながらも、ひたすら独りで父親を抱え込む毎日を続ける道しかなかった。



猜疑心の先には暗闇の道しかみえなかった。あのヘルパーが来るまでは。




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