第3話「共犯者」
わたしがネットに投稿した動画は、瞬く間に拡散された。
拡散元となったわたしの投稿は消したにもかかわらず、動画は見ず知らずの人々によって世界中へと広がっていったのだ。
顔も名前も職業も年齢も性別も、何一つ個人情報を知られることのない安全地帯にいる人物たちが、被写体の顔も性別も通っている学校も明らかな動画を拡散する。動画を広めることに加担している人物たちには、罪の意識なんてないのだろう。
けれど、わたしは明らかな悪意を持って動画を投稿した。
一つの動画を投稿したことをきっかけに、事が大きくなっていく。
それを眺めているのが、今は一番気持ちが良くて、気持ちが悪い。
◇
わたしがその動画を撮影したのは、ほんの偶然によるものだった。
わたしはできるだけ同級生と出会わないよう、やや遠回りをして帰宅している。
帰路としてわたしが選んだ道には、学校の裏山を切り崩してできた新興住宅地があり、まだ売れていない建売住宅が立ち並んでいた。使われていない映画のセットのようにひっそりと静まり返っていた。
新興住宅地を突っ切るとすぐに雑木林になっており、軽トラックが作った轍が林の奥へ奥へと続く。
轍は裏山の中でぐねぐねと蛇行し、上っては下り、いつしか上って、また下る。いつの間にか山を下りて、小さな神社の裏にたどり着く。
学校を出てから雑木林を抜けて神社まで、たっぷり三〇分は要する。だけど、裏山を通らずにまっすぐ平地を歩けば一〇分ほどの地点だ。
わたしの自宅は神社のすぐそばにあるので、裏山を抜ければほぼ誰にも会わずに帰宅できるし、夏は雑木林がひんやりとしていて気持ちが良かった。
それなのに、今日はいつもと様子が違っていた。
神社へ続く下り坂の途中で、人の声が聞こえた。
普段、人の気配なんて全くない神社からだった。
本殿の裏に人の姿があった。
一人は、わたしと同じ制服姿の女子。もう一人は、大学生くらいの私服姿の男性。
二人は互いの唇を貪っていた。女子生徒は身体をくねらせて男性に密着させる。
わたしは思わず、スマートフォンのカメラを取り出し、動画を撮ったのだ。
二人の情事が終わると、わたしは見つからないようにそそくさと帰った。
いいものを手に入れたと思うと、急に気分が良くなった。
◇
わたしが動画をネットに投稿すると、あっという間に女子生徒の学校が特定された。わたしと同じ、■■高校。正解。
次に、リボンの色から女子生徒の学年が特定された。グリーンのチェックなので、わたしと同じ二年。正解。
いよいよ、彼女の名前が特定されて、中学の卒業アルバムが投稿された。わたしと同じ□□中学校。正解
名前は、加納××。正解
動画の影響はインターネットの世界から画面を越えて飛び出し、実際の彼女へ降りかかり始めた。
男たちが下校途中の彼女へ近づき、「俺にもヤラせてくれよ」とか「このあと、サクッとしゃぶってくんない?」とか声をかける。
時には力任せに彼女をねじ伏せて性的暴行に及ぼうとした者もいたらしい。
加納の自宅を特定した人物たちから洗濯物の画像がネット上に晒され、下着の色のローテーションを推測する者もいる。
郵便受けには、卑猥な言葉を書き並べた手紙とも言えないものや、体液を入れたペットボトルが投函されていたという。
この状況を、加納はどうやって家族に話したのだろうか。想像するだけで、ぞくぞくとした気味の悪い興奮がわたしを取り巻くのだ。
そうやって、彼女が社会的に死んでいくのを見ているのが、この上なく心地よかった。
◇
そうして、加納は自殺した。
彼女を死へ追いやれたことに、わたしは言い知れぬ悦びに浸った。
わたしは加納からいじめにあっていたから。
物を隠すとか、嫌な言葉を浴びせられるといった幼稚なものから始まり、真夏の体育倉庫へ閉じ込められる、真冬に氷水を浴びせられる、身体へ暴行を受けるといった肉体的なものへ移行していった。
それら一つ一つを、彼女は動画に収め、SNSに投稿していたのだ。
酷いときにはわたしの性器が見えるような動画まで投稿された。
性器が見えるものはSNSの規則に反していたためすぐに消され、わたし個人を特定するような輩も現れることなく事態は収束していった。
それからわたしへのいじめも下火になったが、また別のクラスメイトへターゲットが移っただけのことだった。
わたしの動画がすぐに消されたといっても、インターネットのデータの世界の片隅に残っているかもしれない。誰かが動画を見つけて、現実のわたしへ嫌がらせをしてくるかもしれない。
そういう想いがわたしの精神を崩壊させていった。
だけど、学校を休むこともできなかった。騒ぎが親の耳に届くのではないかという念があったからだ。
そろそろ、限界だと思ったところで、彼女と彼女の彼氏が野外で性行為に及んでいる姿を目撃した。
これなら仕返しができると思った。
ネットの世界がどれだけ怖いのか、思い知らすことができると思ったのだ。
彼女だけじゃない。彼女の周りで同じようにへらへらしながらわたしをいじめた奴らにも。
不特定多数の目に痴態が晒されることで、人が一人死ぬんだと、わからせたかった。
加納が自殺したことの責任は彼女らにもあるんだと思い込ませられれば、大成功だった。
しかし、いじめっこグループのリーダー格だった加納が自殺したって、それで終わりだった。
いじめはなくならない。
また新たなリーダーが現れ、誰かが新たなターゲットになる。
ターゲットは目まぐるしく切り替わっていく。態度が気に食わないとか、目つきが悪いだとか、教師に媚びているのがウザいだとか、何かと言いがかりをつける。こんなもの、言ったもの勝ちだ。
再び、ターゲットがわたしへ巡ってくるのではないかという恐怖がある。
だから、わたしは加納が死んだあとも変わらずに遠回りして帰るのだ。
いつまでこうやっていなきゃいけないんだろうと思うと、毎日が気持ち悪くなった。
◇
いつものように神社へ辿り着いたところで後頭部に強烈な痛みが走り、身体の力が抜けた。どうずることもできずに崩れ落ち、地面へ顔面を強打した。
誰かがわたしの顔を覗き込む。
目の前に現れた顔は、あの日ここで加納と性交をしていた男子学生だった。
目が合うと、もう一度強い痛みが走った。
じんわりと意識が遠のいていく。口の中に砂利が入って嫌だった。身体に力を入れることができない。腕さえも動かせない。どうやら、わたしは失禁しているらしい。
今まさに、わたしも死んでいっているのだと思うと、気持ちが良くなった。
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