44: 怪獣の夏

 十年前も同じこの丘から、怪獣が街を焼くのを見ていた。

 怪獣の口から出る熱線はあらゆるものを焼き尽くす。家も学校も装甲車も。

 十年前は、あたり一帯の地形が変わった。橋は落ち、川は曲がって池ができた。地図は使い物にならなくなった。わたしたちの想い出は風景の中にではなく、GPSの座標としてしか残らなかった。新しく堤防が作り直され、道が敷かれた。学校も新しくなった。

 怪獣が去ってからの街には、それまで姿を見たこともなかった人々が現れた。みんな怪獣が壊した跡を調査していた。怪獣の組織片を集めたり、熱線に焼かれた建材なんかを分類して整理していた。

 それは、どこかの街が怪獣に襲われるたびに繰り返される光景で、何度も動画の中で見てきたものと何も変わるところがなかった。

 未だに人間の理解の及ばない、怪獣という現象は、強く人を惹きつけると同時に、ちゃんと利益も誘導した。

 怪獣はこの世の元素でできている。でも組み立て方が随分違った。どう違うのかさえよくわからないほどに。怪獣の組織は炭素とケイ素をベースとした高分子金属錯体みたいなものなんだっていうのがよくある説明なのだが、要するに怪獣は新素材の山なのだ。怪獣の体をめぐる神経も、自衛隊の攻撃をはねのける皮膚も、巨体を支える駆動体も、口から熱線を吐く機構も、みんな人間にとっての新素材でできている。

 しかも、出現するたびに新たな素材が使われている。

 中には世界のどこかの国が、怪獣を使って新素材の実験をしているんだって言う人もいる。相手にする人はほとんどいない。


 怪獣はこの世に一匹だ。

 一匹なのだと言われている。

 現れるたびに姿を変えるが、きっと同じ個体だろうとされる。過去何度か負った深手の跡が、体に確認されている。はじめて姿を見せてこの百年、同一の個体で居続けている。それ以前にどうしていたか、どうやって生まれたのかは誰にもうまい説明がない。

 怪獣は最初から、巨大な生物として現れた。

 どう考えても生物ではありえなかったが、一目で生き物なのは明らかだった。

 平均すると、二年に一度ほどの割合で地上に姿を現している。日本への上陸が異様に多い。例外は三件しかない。

 どうして日本へやってくるのか。

 観光だとか、アニメを見にきているとか、ニンテンドーのファンなのだって説があり、あんまりまともな意見はない。

 レアメタルの集積地としての巨大都市、いわゆる都市鉱山を目指しているという説明もある。今や手の届く範囲のレアメタルは掘り尽され、携帯端末なんかに貴重な香辛料のように詰め込まれていて、勝手に大都市に集まってくる。

 新素材の塊である怪獣がレアメタルを求めて都市へやってくるというのはもっともらしい。でも日本じゃなくてもそうした都市鉱山は他にもあるし、第一、これまで怪獣が日本に上陸した場所は地方都市がほとんどなのだ。

 ほんとのところを言うならば、怪獣の方が「新素材の鉱山」だっていうことになる。

 皮膚の欠片が何億っていう金額(このあたりの話になるともはや通貨単位はかなりのところどうでもよい)で取引されたり、熱線で溶けた鉄骨の研究をもとに新素材を開発した企業もある。

 過去、怪獣の上陸した街は、例外なく潤い、人口もまた増加した。

 公的支援も入ったが、民間の注目を大いに集めた。

 中には「我が県への怪獣の襲来を期待したい」と発言して辞職に追い込まれた首長もいる。


 十年前も、人死はそれほど多くなかった。地形が根こそぎになるほどの破壊のわりには。

 亡くなった人たちのほとんどは、いわゆるハンターたちで、自分の命と引き換えに、怪獣の爪の先にいる寄生虫でも持ち帰ろうとするようなタイプだ。一獲千金の夢を狙い、それは実際、確率的にはそう悪い賭けでもないと言われる。命のかかる賭けに確率を適用できるのかどうかはよくわからない。

 怪獣の進路はおおよそのところ予想できる。足はそれほど速くない。人間だけなら逃げることは難しくない。地方都市くらいの規模であれば。病院に収容されている重症患者を隣の隣の町まで移す、くらいの猶予がある。丁度台風くらいの感じだ。破壊をもたらす範囲は台風よりもはるかに小さい。

 怪獣が何を契機に現れて、何を思って帰っていくかは、いまだに誰にもわからない。自衛隊や米軍の攻撃が効いているようには見えない。怪獣の出現に対して、軍事力で対抗することによって結果が変わるのかどうかには、多くの意見があってわからない。放っておいても「所期の目的を果たせば」帰っていくのではないかと言う者は多い。自衛隊との出来レースを言いだす者もいる。怪獣と裏で握ったプロレスなのだという説も根強い。


 街は再び賑わい、いわれない中傷を受けることになるだろう。世界中にこれまで、怪獣に二度襲われた街はない。わたしたちは、望むと望まざるとにかかわらず、好奇の視線を受け続けることになるだろう。


 それは本来、夏の終わりの花火大会のはずの日で、わたしたちは手をつなぎ、怪獣が街を焼いていくのをじっと見ていた。

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