時をかける少女

 後はひたすら走って向島に到着。原付の出入り口は島の南側やから宿のある北側に移動や。島の西側の道を海岸沿いに走って、


「これも前の時の道だね」


 この辺が島の中心街なんやろな。この橋を渡ったら、


「次の信号左に行くで」

「らじゃ」


 あの橋を今度は渡るはずや。


「コトリ、また迷ってない」


 うるさいわ。住宅地の中やからややこしいんや。渡ったら右や。ありゃ、どこや。


「やっぱり迷子になったじゃない。見えてるのは尾道水道だもの」


 いやこの辺はこの辺のはずやねん。ナビでもそうなっとるやん。電話してみよ。海から一つ目の角の家って。ここなんか。出迎えてくれてるわ。そやけどホンマに普通の家やな。バイクの駐車場も普通の家の駐車場やもんな。


「結衣はまだみたいね」


 しまなみ海道で寄り道してるんやろ。これがワンちゃんか。可愛いな。部屋に上がらせてもうたらリビングに呼ばれてコーヒーをご馳走してくれた。気さくそうなオーナー夫婦から晩飯の情報を聞かせてもうた。


「まずお風呂に行こうよ」

「ユッキーが先か?」

「二人なら入れるよ」


 無理あるけど、結衣が来るまでに入っといた方がエエやろ。二人でも狭いが三人は論外やもんな。風呂から上がると結衣も来とった。結衣にも風呂に行ってもうたら時刻も頃合いになってメシや。十五分も歩いたら、


「ここね」


 海鮮居酒屋ってとこやな。まずは生中で乾杯して、おいこれお通しなんか。ヒラメにハマチにチヌかよ。これだけで一品やで。カワハギの薄づくりも美味しいし、


「キモがたまんない」

「えびマヨもえびが美味しいです」


 日本酒にしょうか。あれこれそろえとるな、九頭竜で行こか。地魚白湯肉吸いって、ただの煮魚やないな。


「アサリの唐揚げなんて初めてです」


 あれこれ食べて今日は帰るで。さすがに今日はキツかったからな。


「明日も早いからでしょ」


 そういうこっちゃ。コトリのプランの基本は早立ちで早着きや。その方が少しでも道が空いとるからな。もちろんバイクやから予定通りに行かへん時の余裕のためでもある。結衣が、


「明日も移動ですか?」


 いや明日は観光や。そのために無理して尾道まで来たんや。前の時は尾道観光の余裕なんかゼロやったけど、今回はそのために来たようなもんや。


「時をかける少女だね」


 大林監督の尾道三部作の一つや。転校生やさびしんぼうも良かったけど、コトリもユッキーも時をかける少女が好きなんよ、


「それも原田知世版」


 位置づけはアイドル青春映画になってまうんやろうけど、筒井康隆の原作のエエとこを取り込んどると思う。主演の原田知世はまだまだ大根やったけど、


「脇役陣が締めてたもの」


 音楽も良かったもんな。ユーミンの主題歌が有名やが、挿入曲も映像によう合うとった。撮影期間は学生やった原田知世に合わせて一か月やったとなっとるが、


「拙いところもあるけど、それがあっさり風味になって活きてる気がする」


 もうちょい予算と時間があったら、タイムトラベルのシーンの質が上がったのにと惜しまれるとこや。当時のCG技術やったらあんもんかもしれんけどな。


「ラストシーンが意味深すぎる」


 話の伏線にラブロマンスがあるねん。伏線いうより主線やろな。ヒロインは冒頭のスキー合宿のシーンから深町にどんどん魅かれていくねん。途中まで二人が結ばれるんやないかと思う展開やねんけど。


「あれって騙してたよね」


 深町は未来から来た少年で、トラブルから未来に戻る方法を模索中やねん。とりあえず過去の時代に紛れ込まなあかんから、ヒロインの学校に生徒として入り込むねん。


「あれも今から考えると設定に無理があるね」


 その辺は見た目の年齢が高校生やから大学の薬学部は無理つうか、作者の筒井康隆が高校を舞台にしたかったんやろ。あの頃はジュブナイルが流行しとったからな。


「あれって全部知っててやった事になるのよね」


 深町が利用したのはヒロインの幼馴染の吾郎や。深町は吾郎の記憶を乗っ取ったんや。


「吾郎とヒロインの心の絆の思い出だよ。ひな祭りのシーンが印象的だった」


 あんまりネタばらしも良くあらへんから端折るけど、あれこれあって深町は未来に戻れることになる。その時にはヒロインも深町に夢中になっとるねん。


「すべて知っても愛してるってね」


 コトリはその時の深町のセリフが忘れられん。深町はヒロインと吾郎が結ばれるのを知っとってん。それだけやあらへん。きっとヒロインと吾郎が幸せな結婚生活を送るのを見とったはずや。


「あれはそこまで先に見てから罠にかけたはず」


 そう思う。吾郎はヒロインの運命の相手やったから、吾郎の記憶を乗っ取ればヒロインの好意を得られるはずやって。一応深町は事態の収拾だけはやっとる。深町が過去の世界に入り込んだ技術は集団催眠術や。


「そしてヒロインから深町の記憶を消し去った」


 ここからがラストシーンにつながるんやけど、性懲りもなくまたタイムトラベルをしてきた深町を見てもヒロインは気づかへんねん。そやけど吾郎と結ばれるどころか、幼馴染のままでなんも変わってへん。


「それだけじゃないよ。ヒロインは恋をしなくなった」


 ここもちょっと違う。外からはそう見えるが、心の中の幻の深町しか愛せんようになってもてん。


「それを真実の愛を知ってしまったとまとめちゃうのは無理があり過ぎる」


 コトリもそう思う。SF小説的にはタイムパラドクスにも問題を残しとる。タイムトラベル物で苦労するのはタイムパラドクスにどう説明をつけるかや。深町もヒロインを未来に連れて行かれへん理由にしとるぐらいや。


「幼い頃にタイムトラベルのシーンでも過去と現在の同一人物を存在させないの法則を守ってたもの」


 タイムトラベルによる未来からの干渉の程度もSFのテーマの一つみたいなもんやけど、代表的なのは子孫問題がある。未来人は過去人の子孫やから、そこで子どもが出来なくなったりすれば、未来の子孫が消滅してまうことになる。


 時をかける少女やったら、本来結ばれるべきヒロインと吾郎の子孫が消滅してまうってことや。それだけやない、ヒロインは幻の深町以外に恋をせんとしても、吾郎はヒロイン以外と恋して結ばれるかもしれへんやん。そんなんしたら、新たな未来人が突然出現してまう事になってまう。


「強引に辻褄をつけるのなら・・・」


 子孫問題だけやったらヒロインも吾郎も不妊症にしたら説明だけは付くけど、


「ジュブナイルに出せるテーマじゃないよ」


 つうか、小説の色合いが変わってまうわ。時をかける少女はヒロインと深町の恋があったから話に深みが出てるんやが、ようよう考えたら深町は一時滞在者やから、わざわざ女を入り込むための小道具にする必然性があらへん気がするねん。


「だけどあの恋が無ければ小説は売れなかったし、映画も出来なかった」


 そうなるわ。


「光瀬龍の作品に強烈なタイムパラドクスがあったじゃない」


 話は時間局が舞台や。時間局とはタイムトラベラーが仕掛ける歴史改変を食い止める組織ぐらいと思うたら良い。そこにある強力な歴史改変が仕掛けられて、時間局のメンバーもテンヤワンヤになるんよ。


 文字通り時間との戦いやから、時間局のメンバーも思うわぬトラブルに巻き込まれてまうんよ。それぐらい歴史改変者の策略は巧妙やったでエエと思う。


「レイプされるのよね」


 その描写もコッテリされてた。そやけど、そこまで読んだ時点やったら、なんでここに強烈なシーンが挟まっとるか理解できへんとこがあったんよ。あくまでもSFでエロ小説やないからな。


「かなり生々しい描写で、しっかり何度も注ぎ込まれるシーンまで描かれていたもの」


 そやけど、これがすべてのカギやねん。歴史改変者は、過去の歴史に大々的に介入しとるけど、それはすべて目くらましやってん。目的はただ一つで、時間局員のメンバーが捕まり、その時代のある人物にレイプされ、妊娠して子どもを産むことやってん。


「時間局は大問題を抱えていたのよね」


 時間局は過去と現在の歴史を守るのが仕事やねんけど、未来のある時点に人類文明が破滅してしまうのがあったんよ。


「それを回避するに、この時の子どもの子孫が欠かせない事が判明するのよね」


 その人物の活躍のない未来は、単純には人類文明の滅亡の道やってことや。時間局は歴史を守るのが使命やが、人類文明滅亡の歴史まで守れないぐらいの判断になるんよ。破滅の回避のためには歴史改変を受け入れざるを得なくなってもたんや。


「レイプされた本人はその事実を教えられなかったのよね」


 時間局員は大怪我とかをしても未来の治療で治してまうねん。そやからレイプされてもホンマやったら跡形もなく処理するはずやねん。その女時間局員は恋人もおったから、お腹の中の子は、恋人の子どもやと信じ込んでるねん。


 そやけど人類文明の滅亡を防ぐためには生かさなアカンやんか。下手に事実を教えて流産とかされたら困るの判断を時間局は下すんや。その事実を知っとるのんは、そのチームの中で女性リーダーの笙子だけやねん。


 リーダーかって女やんか。不本意な妊娠の子どもを産ませること、さらに生まれた後に恋人の子でないことが判明した時のショックとか、あれこれ思いを馳せてまう感じや。それでも組織の一員として命令に従うこと、なにより人類文明の滅亡を防ぐ重大性にどうしようもないぐらいに思うてまうぐらいや。


「そんな上司の笙子が印象的なラストだったよね」

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