KATANAの女

 結衣は千葉に住んどると聞いてビックリした。まさか高速で来たんかと聞いたんやけど、


「フェリーで徳島です」


 それがあったか。東京から徳島経由で新門司まで行く東九フェリーや。あれやったら徳島に十四時ぐらいには着くはずやけど南回りにせんかったんか。どう走ろうが自由やけど、徳島からの四国ツーリングやったら南下して室戸岬を目指すんが多いんや。


 その先もあれこれチョイスはあるけど、足摺岬まで行くのもおるし、さらに四国カルスト目指すんもおる。愛媛まで出たら、しまなみ海道も視野に入って来るねん。もちろん石鎚スカイラインやUFOラインもある。


「香川のうどんを外せなくて」


 なるほどな。それも立派な理由や。ほいでもわざわざ小豆島に回って来たのは、


「うどんの醤油のルーツを知りたいじゃないですか。素麺もありますし」


 おもろい、おもろい。旅の楽しみに食い物はある。誰かって土地の名物食べたいやんか。ツーリングやったら観光と、走りたい道の兼ね合いもあるけど、食べる方に重点を置くのも余裕でアリや。


 それにしても乗っとるバイクは大きいな。カバーしとったけど余裕で大型や。華奢そうな子やけどよう乗っ取るな。あれは、


「KATANAです」


 ひぇぇぇ、スズキの伝説のバイクやんか。さすがにコトリやユッキーぐらいしか覚えとらへんと思うけど、あれの初代が登場した時は衝撃的やった。バイク乗りなら誰でも憧れたバイクやったし、なによりよう売れた。


「デザインにインパクトあったもんね」


 当時の暴走族の御用達みたいにもなっとったし、


「ヒデヨシの愛車だよ」


 そやった、グンとウサギとカメやって一度も遅れをとらんかったもんな。あんまり増えすぎて暴走族の取り締まりを、


「刀狩りって言ってたぐらいだもの」


 その復活バージョンやけど、これもよう走るバイクや。


「あの頃のKATANA以上だよ」


 スーパースポーツには負けるかもしれんが、そんじょそこらのバイクやったら余裕で蹴散らすと思うで。


「今ならHAYABUSAでしょうけど」


 そういう位置づけにスズキはしてもたからな。それでもKATANAと聞いたらコトリの血が騒ぎそうになるわ。


「また谷に落ちるよ」


 うるさいわ。千葉に住んどるから関東が中心やけど、東北も近いと言えば近いから、


「あんなバイクでそこまで回られたんですか!」


 あんなになってまうか。原付でもロング・ツーリングしとるのもおるけど、基本的に無理があるからな。近郊の日帰りぐらいやったら十分やけど、長距離移動を重ねる泊りのツーリングには根性が要り過ぎる。


 そこからも話が弾んで意気投合って感じや。北海道も行ったことがあるのが羨ましいわ。あれはどう頑張っても原付ではそう簡単に行かれへんとこがある。信州もそうや。


「阿蘇もそうですが、佐多岬に行かれたなんて・・・」


 千葉から見たら遠いやろな。神戸からでも余裕で遠かったけど。それでも千葉に住んどってもバイク乗りの悩みは一緒やな。いくらKATANAでも街中を走るシンドサは一緒や。とくに千葉から西に走ろうと思うたら、


「東京や横浜が鎮座しています」


 コトリらも大阪や京都抜けるのは好きやないけど、東京や横浜なんかなおさらやろな。千葉かって住んでるところで変わるやろうけど、結衣の家からやったらツーリング気分が味わえるとところまで、一時間ぐらいは市街地走行と格闘せんとあかんそうや。


「神戸って六甲山を越えたら郊外なのですか。なんと羨ましい」


 東京や横浜に較べたら小さな地方都市やし、地形も東西にこそ長いけど南北は狭いからな。そうや、そうや、千葉やったら頭文字Dの聖地巡りも出きそうやんか。


「あれは千葉にはないのです。一番近いの筑波のフルーツライン」


 なるほど頭文字Dの聖地は峠や。千葉が舞台に選ばれへんかったんはタマタマかもしれんが、峠は山があるとこやないとあらへん。関東平野は真ん中が平べったいから、舞台は平野の周辺を回ることになるもんな。


「良かったら一緒にマスツーしませんか」


 女とか。男女差別する気はあらへんけど、出来たら旅先のアバンチュールをしたいやんか。なぜか実を結ばへんのは置いとくけど。ここは無難に遁辞を構えて、


「バイクがちゃうやんか。コトリらは下道ツーリングやで」

「ツーリングの王道は下道です。そうじゃないと、美味しいものにありつけません」


 そっちが重いか。高速になったらSAとかPAのメシになるものな。思わぬ寄り道での発見のチャンスも低くなる。その代わりに距離が稼げへんのは宿命や。


「それに下道だったら、速度は関係なくなります」


 まあな。いくらKATANAでもぶっ飛ばせば捕まるだけやもんな。アカン、アカン、説得されてどうするんや。


「明日はどうするんや。コトリらはトットと高松に渡る予定やけど」


 結衣は女や。それも若い女や。さらには可愛いやんか。今でも女の一人旅は危ないとこがある。悪さどころか襲う奴もおらんとは言えん。その点で日本はかなり安全な方やけど、それでもツーリングするんやったら、キチンと宿を決めてるはずや。


 その日の気分でキャンプにしたり、行き当たりばったりで宿を決めえるのはやっぱり女やったら危険なところがある。男でも危険やけど、女、それも一人旅やったらなおさらや。マスツーするにしても明日の宿が違うたら成立せえへん。


「気まツーですから」


 冗談やろ。明日の予定も決めてへんいうんか。


「コトリ、楽しそうじゃない」


 余計な口を挟むな。今回のツーリングはかなりどころでないぐらい変則なんや。結衣はわざわざ千葉から来てるんやから四国で見たいとこ、走りたいとこ、食べたいもんがあるはずやんか。


「旅は道連れ、風の向くまま、気の向くままが結衣のツーリングです」


 羨まし。コトリもそんなツーリングにしたいもんな。仕事があるからそうは行かへんけど。それでもやぞ、


「へぇ、そんなプランが建てられるのはさすがは地元の人です」


 ちゃうて、たまたまそうなってもただけやねん。こんなプランに付き合わせるのは気の毒すぎる。なんのための四国にツーリングに来てるんやって話や。結衣かって金毘羅さんとか行きたいやろ。


「なにかワクワクしてきました」


 結衣も変人かもな。でもわかるとこはある。やっぱり女の一人旅は寂しいし、怖いとこもあるんやろ。それやったら、最初から誰かと来いやって話になるけど、行っては見たけどやっぱりが出てくるのはわかる。


「コトリも意地を張らないで」


 こらぁ、気楽な善人役に逃げるな。コトリが意地悪してるみたいやんか。


「それにさ、ペアよりもトリオの方が寄って来るかもよ」


 それはあるかも。結衣も美人やし性格良さそうやもんな。アカンて、アカンて、今回は気軽に道連れにしにくいんやって。


「そんな事を言ったら男も同じになっちゃうよ」


 グサァ。


「話は決まりね。じゃあ、結衣、よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします」


 勝手に決めるな。どうする気なんよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る