出演者控室【劇団しゅき♡】様

 私、瑞葉陽日希がようやく訪れた昼休憩に身体を休めていると、お世話になっている劇団の座長さんが慌てた様子で控室に飛び込んで来た。


「た、大変だ諸君! おおおおほこからの差し入れが届いたぞ!」


「落ち着きなさい座長。オホ子は今の貴女です」


 後に続いて入って来た先生……じゃなかった、副座長が容赦なく座長さんを横に転がした。おほぉ! と鳴きながらダイナミックに側転する男装のショートカットを無視して、柏手をふたつ。全員の注目を集める。


「まずは皆さん、午前の公演お疲れ様でした。最大手のテーマパークだけあって各々プレッシャーも大きかったことでしょうが、観客席の反応は上々です。子供たちも喜んでいましたよ。午後の公演もその調子でよろしくお願いします」


 労いの言葉に、劇団の皆が安堵の息を漏らした。この劇団は若手主体で規模も小さく、裏方どころか役者の数も潤沢ではないため、大きな舞台も経験出来ずにいるのだ。


 そんな弱小とも呼べる劇団が一体何故このおおとりランドで、それもギリギリの人数で公演に臨んでいるのかと言えば、それは偏にこの副座長が原因なんだよね……。


 彼女はその昔、怪我で引退を余儀なくされた元女優。いわば役者としての大先輩であり、しかもファンの男性と結婚したという一部では伝説的な人物なのだ。引退後は演技指導の教官となり、私も新人の頃にとてもお世話になった方なのだけど……。今は燻っていた座長さんに目を付けて、若手の才能を磨くことに新たな生き甲斐を見出したらしい。


 つまり今回の案件はほぼ先輩のコネだし、こうして今日私が呼び出されたのも、劇団の子たちに経験を積ませる一環なんだと思う。多分だけど明日以降は私とはまた別の、以前先生が面倒を見た誰かが来ることになってるんじゃないかなぁ……。GW全日は困るけど、昔の話を持ち出されて一日だけって言われたら、私みたいに頷いちゃう子は絶対に居ると思うし。


「さて、昼食の時間となりましたが、本日はおおとりランドさんがお弁当を用意して下さいました。いつも通り、足りない場合は各自で買い足すように──と言いたいところですが」


 先生がわざとらしく溜めを作る。先程の座長さんの言葉は記憶に新しく、誰もが前のめりになって傾聴する。ゴクリ……と誰かが生唾を呑む音が聞こえた。


「なんとこの劇団宛に、それも男性の方から軽食の差し入れをいただきました! これは快挙ですよ、皆さん!」


 咀嚼するように静まり返る室内──然る後に歓声が爆発。


「うひょおおおお──!」


「それは要するに、僕を食べてね──ってコト!?」


「副座長! 一体何者なんですか、その聞くからに美味しそうな男性は!?」


「住所氏名年齢電話番号、あとチン長と体臭も教えて下さい!」


 厳しい指導のため、普段は鬼の副座長と恐れている先生が相手であろうと物ともせずに鼻息荒くした劇団の子たちが押し寄せる。言うまでもなく、送り主はアラヤくん。つまり私は余裕を持ってその光景を眺める側なのだ。


「その方は一般のお客様なので、お名前は伏せられています! 私に何を訊いたところで無駄ですよ!」


「……ってことは、今日ランドここに来てる男性の誰かってことですか!?」


「今すぐお礼をしなきゃ……もちろんこのえっちに育った身体でな!」


「どこに隠した! 早くせっ! 購買の次は交配させろ──っ!」


「ちょ、静かに……静かにしなさい! 外まで聞こえたらどうするんですか!」


 お、おいたわしや先生……。心労著しい恩師の様子にそろそろ助け舟を出すべきか私が考えていると、背後の扉から愛嬌のある清楚な制服を着た若い女性がひょっこりと顔を出した。


「あのー。何だかお取り込み中みたいですけど、先に受け取りの確認だけお願い出来ますかー?」


 言いながらデリバリー用のボックスを掲げる女性。慌てた座長さんがスタイリッシュ立ち上がり、皆を押し退けて前に出る。


「わっ、ワタシが一座の代表だ!」 


「どうもー、鳥裸族でーす。【劇団しゅき♡】様宛に、嫐る月見バーガーとフライドと(※マッシュポテトに片栗粉を混ぜ油で揚げたもの)のセットを人数分お預かりしておりま~す。……えーっと、受け取り相手には『瑞葉陽日希』さんって方が指定されているんですけど、これ座長さんのお名前で合ってます?」


「……えっ」


 流石アラヤおにいちゃん! 私は心の中で喝采を叫んだ。


「はーい、わざわざ園内配達ご苦労様でーす! サインで大丈夫ですか?」


 唐突に知らない言語を聞かされたかのようにフリーズする座長さんと、宇宙を漂う猫の表情を私に向ける劇団の子たち。その視線を受け流し、私は外部キャスト用の社員証を提示しながらスマートな所作でやり取りを済ませる。


「どもども。あ、おにーさんたちなんですけど、ショーが終わってから顔を出すって言ってましたよ。あたしも休憩貰って見る予定なんで、皆さん頑張って下さいね!」


「ありがと~! でも、そこは嘘でも顔にすって言って欲しかったな~……」


「駄目ですよ~、それだとお口でリップサービスするのはヒトメスの方になっちゃうじゃないですかー」


 店員さんと意気投合しながらキャッキャと戯れていると、いち早く復帰した座長さんが大仰な仕草で問うた。


「み、瑞葉クン……これは一体どういうことなのだね!? この送り主の男性と君は、一体どのような関係なんだ!?」


「フッ、それを語るには千のアクメを尽くしても時間が足りないね……。でも強いて言うなら、そう──オギャピ」


「オギャピ……だと……? な、何だその心揺さぶられるワードは……!」


「えへへ……実は彼の妹ちゃんがおねーさんのファンで、今日は一緒にショーを見に来てくれてるんだ~! 仕出しのお弁当だけじゃ足りないかもって言ったら、皆の分も用意してくれたみたいっ! さ、遠慮なく食べて食べて~」


 私は勝ち組の笑顔を振りまきながら、温かい内にとボックスの中身を一同へと勧める。


 ……本当はパソコンの前で拝み倒した結果だし、色々と順序が逆だけど──嘘は言ってないからヨシ! 彼っていうのも、もちろん単なる男性の代名詞での意味。でも相手の受け取り方には責任持てないですなあ~。


「う、嘘よ……。こんなの絶対に処女のイキリよ! 何か裏があるに違いないわ!」(※正解)


「で、でも確か副座長も、現役時代にファンの男性にサインを頼まれて、そのまま婚姻届けを書いて婿にしたって……」


「じゃあ今の話って……全部ガチぃ?」


 身を寄せ合って小声で議論していた子たちが一斉に駆け寄り、私に向けて尊敬の眼差しを送る。


「瑞葉先輩! 私たちにもアドバイスを下さい!」


「私、もっと有名になって彼氏とのハメ撮りを流出させるのが夢なんです!」


「せんぱーい、オフパコはファンサの内に入りますか~?」


 うへへ、気持ちいい~! 最近はにじこんの皆どころか、リスナーさんたちにもみつ虐されてばかりだったから……羨望と憧れが優越感を満たす満たす~。


「うんうん。人間、何処で誰が頑張りを見ているか分からないからねっ。チャンスを逃さず、売れっ子になってもファンは大事に──」


 それっぽいことを言いながらニョキニョキと光合成していると、呆れたような感心するような、先生の半眼が私に向けられていることに気付く。


「──瑞葉さん、見ない間に随分とお上手になったようですね。あちらで少し、お話を聞かせていただきましょうか」


 あっヤバ、これ先生には処女のままだってバレてるやつだ……。だってこの人非処女だし!









──────────────────────────────────────────────────────────

※あとがき※


おっぱいの反動で新作メスガキ始めました。是非こちらもよろしくお願い致します

【助けた竜がメスガキだった件。円満追放から始まる異世界『わからせ』ライフ。】

https://kakuyomu.jp/works/16818023213435873350

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