新しい愛をはじめましょう
「茉優を見つけた時、たしかに俺は恋に落ちた。二人で共に夫婦として、幸せを分けあっていけるのだと歓喜に震えた。それはもしかしたら、前世の"マオ"の魂がねねの魂に反応したのかもしれない。だが俺だって、思考もあれば感情もある。いくら前世の魂がねねを求めていようと、俺が関わっているのは茉優なんだ。いつまでも衝動で愛を捧げられるほど、俺は"優しい"男じゃない」
好きだ、茉優。
愛し気に瞳を緩めるマオの顔を、淡い暖色が優しく染める。
「人間だろうがあやかしだろうが、誰を相手にしても真摯であろうとする優しさも、自信がないゆえの謙虚さも、かと思えば夢中になると大胆なところだって、全部、俺が知る茉優の一部だ。茉優の優しさにつけこもうとするヤツがいるのなら、俺が阻もう。茉優のことは俺がめいっぱい愛するし、これからもっと沢山の感謝をいろんなヤツから貰っていくだろうから、きっと自信だってつくはずだ。大胆なところはそうだな、もっと俺が近づくことを許してもらえるのなら、俺にとってはありがたいご褒美だ」
マオはクツクツと喉を鳴らしながら、
「自分の痛みは隠してしまうのに、他人の苦痛には敏感で。うまいものには目を輝かせて感動してくれる。恥ずかしそうにはにかむ顔も、嬉しさからの溢れんばかりの笑顔だって。俺が愛おしく感じるのは、すべて茉優そのものだ。俺が好いているのは、愛を捧げたいと願う相手は、茉優だけなんだ」
「……っ」
「なあ、茉優」
マオがそっと、私に向かって手を差し出す。
「前に、夫婦となるのなら、共に"夫婦"を築いていくことを許してくれる人とがいいって言っていたよな。俺じゃ、駄目か?」
「!」
「ああいや、今すぐに夫婦になろうとか、婚約しようとか、そうした急いたことではなくてな。言うなれば候補というか。俺を、そういう対象として見てくれないか? 少しでも、俺を好いてくれているのなら。ただの同居人とか、仕事仲間じゃなくて、誰よりも茉優に近い位置でいたい」
我儘なのはわかっているんだがな、と。マオは柔らかな口調で続ける。
「俺は茉優を誰かに奪われたくない。だが、茉優が俺では駄目だと判断したのなら、従うつもりだ。それまでは……こうして話をして、互いの胸の内を伝え合って。片方に足りないことは、もう片方が補っていけるような。そんな、支え合えるような関係をだな。前世の"マオ"と"ねね"じゃなくて、俺と茉優として。新しい関係を築いていきたいって、俺は思うんだが」
手を、取ってくれるか? と。
マオは請うような眼で、私を静かに見つめる。
その瞳はたしかに、私の姿を映していて。
「……本当に、いいんですか? マオさんほど素敵な方だったら、わざわざ私でなくても、もっといい方を選び放題だと思うのですが」
「茉優は俺を素敵だって思ってくれているのか? 照れるな」
「マオさん、私は真面目に……!」
「俺だって大真面目だ。大真面目に、茉優への気持ちを伝えたつもりだったんだがな。それでもまだ、信じてはもらえないか? もっと言葉にしようか。茉優が許してくれるのなら、行動で示したっていいんだぞ」
「いえ、マオさんのお気持ちを、疑っているのではなくて……」
申し訳ないんです。
私はなんとか心の靄を言葉にする。
「マオさんの言葉が嬉しくて。その、初めて好きだなって思えた人に、気持ちを許してもらえて……。私なんかが、マオさんと釣り合うはずがないのに。なのに、嬉しいんです、私。でもマオさんは、私がこんなことを言ってしまったら、ますます受け入れようとしてくれるじゃないですか。それが分かっているのに、その手を取りたいって思ってしまうことが、本当に、申し訳なくて――っ」
瞬間、ぐいと腕を引かれた。
よろけた身体を受け止めるようにして、上から落ちてきた身体が私を抱きしめる。
鼻に触れる、柔い白髪。私とは違う香り。
「ごめんな、茉優。今回限りは許してくれ」
「マオ、さ……」
「俺の心臓、わかるか?」
心臓? と意識的に息を潜めると、触れ合った胸からどくどくと強い鼓動が伝わってくる。
「今は、それでもいい。申し訳ないって、茉優が躊躇してしまうのなら。嫌なんじゃなくて、手を取りたいって事実さえ伝えてくれれば、俺がこうして迎えにいく」
「マオさん……」
「いったろう? 自信なんてすぐにつく。その時に捨てられないといいんだが」
「私がマオさんを捨てるだなんて、そんな恐れ多いことあるわけないです……!」
「お、言質とったからな」
マオはからかうような調子で笑んでから、私の背に回していた両手を頬に移した。
私が顔を逸らせないよう固定して、甘く緩めた瞳で見下ろしてくる。
「こういうのを、可愛くてたまらないって言うんだろうな。まさか俺がこんなにも誰かに振り回されることになるとは、考えもしなかった」
愛させてくれ、茉優。マオは請うように囁く。
「受け入れてくれるのは、もっと後でいい。だから今は、存分に愛させてくれ。他の誰でもなく、俺に。その権利をくれないか」
熱心な赤い瞳にくらくらする。
こんなにも甘く閉じ込められてしまったら、もう、自分の欲に嘘はつけなくて。
「……よろしくお願いします、マオさん。私も精一杯、大切にさせてもらいますね」
始まりはたぶん、"私達"ではなかった。
有無を言わせず惹かれ合ったのは、巡った魂だったのだろう。
けれどきっと、今の私達なら。
前世などに縛らず、互いに手を取り合って進んでいけるような気がする。
マオはめいっぱいに破顔して、
「ああ。不束者だが、よろしくたのむ」
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