ノート運び
「先輩これ持って!」
「は?」
「半分こしよ」
先生に頼まれて集めたノートの束を、廊下で偶然見つけた先輩に半分渡した。急に何だ、とでも言いたげな顔をしながら先輩はちゃんとノートを落とすこともなく受け取ってくれた。それを確認して、歩き出すと先輩はため息を吐いて後ろをついてくる。無理矢理手伝わせているのに文句の一つも言わない先輩は時々、驚くほどに優しい。
「急に手伝わせてすみません」
「全くだ」
「怒ってます?」
「別に」
先輩になら急に手伝いを頼んでも大丈夫だろうな、と思ったけど罪悪感が胸の中を支配しているので私の精神衛生上は良くないことだったらしい。そうして口から出た謝罪も、サラリと受け取られてしまうから先輩が本当に怒っていないのかそうでないのか判断しかねる。いつも通り無表情だし、感情が読み取れない。不安になって『本当に怒ってないんですか』とたずねようとして、疑いすぎるのも良くないと思って口を閉ざす。どうしよう、と悩んでいるといつの間にか隣に移動していた先輩が笑った。
「本当に怒ってないから気にすんなよ。つか、そこまで悩むんなら最初からちゃんと頼めば良かったのに」
顔に出やすいタイプか、お前。
そう言われて急に恥ずかしくなって顔を反らす。その反応が面白かったのか先輩の笑いが大きくなるが、私は面白くない。だって、考えが全部顔に出てたってことでしょ。変な顔をしていたかもしれないのを見られていたってことでしょ。格好悪くて、恥ずかしい。
「勝手に人の顔見るのやめてください」
「平安貴族かよ」
「そうです!」
「ウソつけ」
「本当だったらどうするんですか」
私の文句を適当に流して先輩はそのまま前の方を歩いていく。少しだけ距離が開いたから小走りになって追いかけると、歩く速度を緩めてくれた。
「ねえ先輩、帰りにコンビニ寄りませんか」
「なんで?」
「ノート運ぶの手伝ってくれたお礼!」
やけっぱちになって言った。恥ずかしさと申し訳無さと感謝の気持ちが複雑に絡まってしまっているせいかもしれない。先輩はまた、ふは、と笑い出して「じゃあ頑張って運びますかね」と言った。この数分の間で笑い過ぎだろう、と思うけれど、先輩の声が優しいから何も言えない。結局のところ、私は先輩に甘えている。だからこうして先輩が笑ったり優しい声を出すだけで安心するのだ。
なんだかなあ、と思いつつ。今更態度を変えるわけにはいかないので。今日も優しさに甘えたままだ。だって、後輩ってそういうものなので。
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