41話。人造聖女

 炎に包まれた街路樹が倒れて、女性の悲鳴が響き渡った。


「ああっ! お母さんがぁ!?」


 なんと、若い女性が街路樹の下敷きになっていた。聖竜機を近くで見ようと、不用意に歩み寄ってきたらしい。


「クソッ!」


 俺はすぐに駆けつけて、燃える大木を掴んで押しのける。

 腕が焼け、俺の正体がバレる危険もあったが、なにふり構っていられなかった。

 気絶した女性と、その子供らしい小さな女の子を抱えて、炎上する街路樹から離れる。


「……大丈夫か!?」

「う、うん! ありがとうお兄ちゃん! でも、お母さんが……!」


 女の子は無事なようだが、母親は頭から血を流している。意識もなく、危険な状態だった。


「ああっ、お兄ちゃん、手が……!」


 シルヴィアが駆けつけてきて、火傷した俺の手を心配するが、それどころではない。

 泣きじゃくる女の子が、8年前のシルヴィアに重なって見えた。

 俺の家族が襲撃され、両親が亡くなった時、シルヴィアもこんな風に泣いていた。


 この女の子に、俺たちと同じ思いをさせる訳にはいかない。


「ルーチェ、この女性に回復魔法を頼む!」

「了解しました」


 やってきたルーチェは、静かに頷いた。


「えっ、回復魔法って。聖魔法? それって、聖女や聖者しか使えないハズじゃあ……!?」

「ちゃんと説明していなかったけど、ルーチェは聖魔法の使い手【人造聖女】なんだ」

「【人造聖女】!?」


 ルーチェが手をかざすと、聖なる輝きが灯る。回復魔法の光だ。

 それに当てられた女性の出血が止まり、何事も無かったように目を開けた。


「あっ……私は?」

「うわぁあああん、お母さん!」


 女の子が母親の胸に飛び込んだ。

 母親は何が起こったのかわからず、呆然としている。


「成功です。回復魔法は、問題なく使えるようです」

「良かった。ルーチェ、身体に異常はないか?」

「はい。少し倦怠感がありますが……活動に問題はありません。マスターの火傷も回復いたします」


 ルーチェが手を触れると、俺の腕の痛みも取れていく。

 その時、すさまじい歓声が上がった。


「傷が治った!? すごい、この娘は新たな聖女だ!」

「ヘルメス様が聖女を生み出した!?」

「ああっ! 聖女様、私を助けてくださったのですね。なんとお礼を申し上げたら良いか!?」


 人々が大騒ぎとなり、母親はルーチェに深々と頭を下げた。

 怪我や病気を治してくれる聖女は、敬われる存在だ。


「【人造聖女】って、ちょっと、どういうことなのお兄ちゃん……?」


 シルヴィアが小声で尋ねてくる。

 俺は一瞬、説明すべか迷った。だが、ルーチェの存在はシルヴィアにも関係があることだ。

 ある程度、話しておくべきだと思った。


「あまり詳しくは言えないが……降霊術で天使を喚び出して、人造生命(ホムンクルス)の肉体と結合させた存在がルーチェなんだ。いわば受肉した天使だな」

「て、天使って……!?」


 天使とは創造神にして最高神【父なる神】に仕える超次元の存在だ。

 本来なら、人間が召喚できるような存在ではないが、ルーチェに宿った天使は例外だった。


 善行を積んだ人間の魂は死後、天使に昇格することがある。

 ルーチェに宿っている天使は、俺たちの死んだ母さんが天使へと昇格した存在だった。


「天使を降臨させるなんて、創造神に選ばれた人間にしかできないんじゃ……! 聖女や聖者にだって、無理だよね!?」

 

 シルヴィアは俺を尊敬の目で見た。

 タネを知らなけば、そう思うだろうな。母さんは俺とシルヴィアを助けるために、天の理を曲げて、降りてきてくれたんだ。


「……ルーチェを見て、何か感じないか?」

「えっ、どういうこと?」


 シルヴィアは俺の質問の意図がわからず、戸惑っている。

 さすがにルーチェの中に、母さんを感じ取ることなどできないか……


 ルーチェの意識が母さんのモノではないか、俺は何度も話かけてみたが、ルーチェは母さんとは別人だった。

 転生したようなモノで、前世の記憶は忘れているようだった。天使としての自覚も無い。


 天使の魂に、人造生命(ホムンクルス)の至高の肉体。ルーチェは、世界で唯一無二のユニークな存在だ。


「……人を助けて感謝されると、何か温かい気持ちになれますね、マスター」


 みんなから賞賛されて、ルーチェがわずかばかりにはにかむ。


 かつて母さんを救えなかった俺だが、この女の子の母親は助けることができた。

 母さんは、そんな俺を誇らしく思ってくれたのだろうか。


「その調子でドンドン聖魔法を極めてくれルーチェ。シルヴィアの足の呪いを解くのが、目標だぞ」

「了解しました」


 ルーチェは抑揚の無い声で頷いた。


「うはっ! お兄ちゃん、うれしすぎる! ルーチェの正体が天使なら、いずれできちゃうかもね!」


 シルヴィアは感激している。彼女にかけられた呪いは強力で、高名な聖者でも手に負えなかった。

 だが、ルーチェが無事に成長すれば、いずれシルヴィアは呪いから解放されるだろう。


「……うっ、倦怠感が強くなってきました」

「ルーチェ、大丈夫か!?」


 俺はふらつくルーチェを支える。

 たった2回、回復魔法を使っただけで疲れるのは、やはりまだ生後5日だからか? それとも神の摂理に反した生命だからか……?

 いずれにしても、あまり無理はさせられないな。


「わかった。すぐに帰って休もう」

「はい」


 その時、俺の【クリティオス】に通信が入った。

 タブレットの画面に表示される名前は、ティアだ。


 ……一体、何事だろうか?

 無視すべきか迷ったが、俺は通話に出ることにした。


『ロイ、お願い助けて! ラクス村に悪魔の群れが押し寄せてきていて、私たちだけじゃ、どうにもできないの!』


 幼馴染の切羽詰まった声が響いた。

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