23話。妹を斬ろうとした大貴族をぶっ飛ばす
サインをねだる貴族令嬢たちの相手をひと通り終えた俺は、控え室に戻ってきた。
まだ婚約パーティが始まるまで時間がある。ヘルメスの仮面を外して、肩を回す。
「ふぅ~、さすがに疲れるな……」
貴族ではない俺は、にわか仕込みの宮廷作法を披露するだけで、一苦労だ。
やはり俺は王族として王宮にいるより、錬金術の工房にいる方が性に合ってると思う。
「お疲れ様です! ロイ様は錬金術師としてだけでなく、この国を守る機神ドラグーンのパイロットとしても有名になってしまわれましたわ。王宮勤めの女子たちも、ロイ様の話題で持ちきりです」
レナ王女が、得意げに胸を張る。
今日のために新調した純白のドレスに身を包んだ彼女は、輝くほど美しかった。
こんな娘と愛を誓うだなんて、例え偽装であっても気後れしてしまいそうだ。
「……どうされましたか? ロイ様?」
「あっ、いや、キレイだなと思って……」
「ああっ! うれしいです! 偽装婚約などと言わず、今日はこのまま結婚してしまいましょう!」
「あくまで、偽装婚約だって約束しましたよね!? ホントにこれは守ってください!」
感極まって抱きついてきたレナ王女を引き剥がす。
その時、外から怒鳴り声と妹シルヴィアの悲鳴が聞こえてきた。
「おのれ! この俺様の前を横切るとは、無礼千万であるぞ小娘! 叩き斬ってくれるわ!」
「きゃああああっ!」
「シルヴィア!?」
何事かとヘルメスの仮面を付けて、外に飛び出す。
恰幅の良い貴族の少年が、転倒した妹に剣を振り下ろそうとしていた。
「……何してやがる!?」
自分に身体強化バフ魔法をかけて、突っ込む。
驚く貴族の少年を殴り飛ばして壁に叩きつけた。
「ぶぎゃあぁああ!?」
「ああっ、坊っちゃま! ヴァルム公爵家の跡取りであるアゼル坊っちゃまに手を上げるとは!?」
すると取り巻きらしい騎士たちが、抜剣して俺を取り囲んだ。
ヴァルム公爵家の跡取り? じゃあ、コイツがレナ王女が縁談を断りたい相手か。
「面妖な仮面をしおって、どこの貴族だ!?」
「俺は貴族ではなく、平民だ。それに、王女の婚約パーティで剣を抜くとは、そちらこそ無作法では?」
俺は妹を庇いながら、逆に騎士たちを睨み返す。
「あぅううっ、ありがとうお兄ちゃん! すごく怖かったよぉ!」
「ばっ……ここでは、お兄ちゃんじゃなくて、ヘルメスだ!」
すがりついてくる妹を車椅子ごと起こしながら、耳打ちする。
「あっ、ごめん。つい……!」
「おい、貴様! その小娘の関係者か? おのれ平民の分際で……その小娘ともども、生きて帰れると思うなよ!?」
殺気立った騎士たちが、襲いかかってきた。
仕方がない。全員、黙らせるか。
「何の騒ぎですか、これは!?」
レナ王女が顔を出して、騎士たちを叱りつける。
「こ、これは王女殿下! 恐れ多くもその小娘がアゼル坊ちゃまの前を横切ったのです! 無礼討ちにせんとしましたところ、この男が坊ちゃまを殴り飛ばすという暴挙に!?」
たかが前を通ったくらいで、人を斬り殺そうとするとは、こいつら気は確かか?
いや、だが、俺も妹も宮廷作法には疎いからな。この男たちにとっては、これが常識なのかも知れない……
もっとも、そんな常識に合わせてやる義理なんて、こちらには無いけどな。
「この娘はわたくしの付き人ですわ! 我が家臣に剣を向けるのは、わたくしに剣を向けるのと同じです。そのことをご承知の上で、おっしゃっているのですか?」
「なんと……!?」
レナ王女の叱責に、男たちは激しく動揺した。
「くくくっ、これは滑稽ですな王女殿下。礼儀も知らぬ足の不自由な娘を、わざわざ付き人に選ばれるとは……!」
するとアゼルが埃を払いながら立ち上がった。取り巻きのひとりが、最高級回復薬(エクスポーション)で、怪我を癒やしたらしい。
「フンッ! そこの下郎! この俺様にこんなマネをしたからには、例え王女殿下の家臣であろうとも、死をもって償わせるぞ! 王家と深いゆかりのあるヴァルム公爵家を舐めるなよ!」
「これはアゼル様。今日は一段とお荒れになっているご様子ですが……もしかして、わたくしがヘルメス様と婚約することがご不満ですか?」
レナ王女が進み出て、尋ねる。
「当然であろう!? 錬金術師として、いかに才能があろうとも。機神などというガラクタで武勲を上げようとも! ヘルメスなど、しょせんは平民! 王女殿下をめとり、我らの上に立とうなど、おこがましいにもほどがある!」
アゼルは尊大な怒りを爆発させた。
「俺様はヘルメスとやらに、王女殿下の婚約者の座をかけた決闘を申し込むつもりだ。ひ弱な錬金術師など、古くからの魔法の名門貴族であるヴァルム公爵家の敵ではない! アヒャヒャヒャ! その時こそ、俺様のモノになっていただきますぞ、王女殿下」
「なるほど、わかりました。その決闘、受けて立ちます。アゼル殿が負けたら、レナ王女殿下との婚約はあきらめるということで、よろしいですか?」
俺はこれ幸いと、決闘の申し出を受けた。
「……な、なに? ま、まさかお前がヘルメスなのか!?」
アゼルはまったく気づいていなかったようで、 顔面蒼白となる。
「まあ! それはすばらしいご提案ですわ! 第2王女レナ・アーディルハイドが、決闘の見届け人となります。では婚約発表の前に、お集まりの方々の前で、尋常なる勝負を!」
レナ王女がすかさず乗ってきた。
俺とアゼルの戦闘能力の差は明らかだ。
手加減した先程の一撃に、アゼルはまったく反応できていなかった。
アゼルも俺に勝てないことを、肌身で感じたようだ。
「い、いや! 待て! お、俺様は怪我をしてしまったし、今日は調子が悪い! また、日を改めてだな……!」
「アゼル様、わかりましたわ。調子が悪いということでしたら、本日は大事を取ってお帰りいただくということで、よろしいでしょうか? 御身にこれ以上何かあったら、それこそ一大事です」
レナ王女が有無を言わせぬ笑顔で迫った。
「ぐっ……! わかった。今日は退く!」
アゼルは取り巻きを連れて、逃げるようにこの場を後にする。
「おのれ、ヘルメス! この屈辱は忘れんからな! 絶対に後悔させてやるぞ!」
その際、負け惜しみから、そんな捨て台詞を吐いた。
ふぅ、やれやれ。これで、ヴァルム公爵家にレナ王女との婚約をあきらめさせるという目的は達成できたかな。
「お兄……じゃなかったヘルメス様ありがとうぉおお! アイツ、私のことを本気で殺そうとして、すごく怖かったの!」
「貴族にはヤバい奴がいるようだから、今後は気をつけるんだぞ」
俺はシルヴィアの頭を撫でてやった。
「うん……っ!」
「レナ、まさか王宮は、あんな奴だらけってことはないよな?」
だとしたら、安心して妹を預けることはできない。
「とんでもありません! 侍女を無礼討ちにする者など、アゼル様くらいなものです。ですが、彼もこれに懲りて王宮内での横暴な振る舞いは控えるでしょう」
レナ王女の言葉に、遠巻きに俺たちを見ていた侍女や衛兵が頷いた。彼らの俺を見る目には、感謝と崇拝があった。
「アゼル様は、虫の居所が悪いというだけで、なにかと理由をつけて暴力、暴言を吐いて、みんな怯えていたのです」
「……なるほど、レナがアゼルとの結婚を嫌がる訳だな」
「下手をしたら、アイツが私たちの王様になる可能性もあったんだね! 阻止できて良かった!」
シルヴィアが喜びの声を上げる。
第2王女と結婚したなら、アゼルには王位継承権が発生する。シルヴィアが指摘するような最悪な未来が到来する危険もあったんだな。
「はい! あっ、そろそろ時間ですわ。ヘルメス様、わたくしとの婚約発表に向かいましょう!」
レナ王女が笑顔で俺の手を取った。
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