21話。風竜機シルフィードの主
「きゃああああ! うれしいぃいいいい! 憧れのヘルメス様に握手していただけるなんて!」
【ドラニクル】のメンバーであるメイド少女が、俺の手を握って歓喜した。ここはレナ王女の私室だ。
「そ、それじゃ、婚約パーティの期間中、ロイの役を頼むよ」
「はいっ! お任せください。ヘルメス様!」
彼女は勢い良く腰を折った。
俺は5日後に開かれるレナ王女との婚約パーティの準備のため、しばらく王城に缶詰め状態になる。打ち合わせやら、セレモニーの予行演習やら、貴族へのあいさつやらで忙しい。
ヘルメスの正体を隠すため、この間、幻術使いのメイド少女に、ロイの役を任せることにしたのだ。
「うわあぁああ、すごい! 本当にお兄おちゃんにしか見えないよ」
妹のシルヴィアが、感嘆の声を上げた。
メイド少女は目の前で、俺に瓜二つの姿に変身した。
彼女の魔法は、接触した人間の生体情報を読み取り、その人間の姿になるというものだ。
この状態で、冒険者ギルドに顔を出してもらえらば、まず問題無いだろ。
「本当ですわね。こほん、その状態で、『俺はレナだけを永遠に愛するよ』と言ってもらえませんか?」
「あっ!? ズルい! その状態で、『俺が一番愛しているのはシルヴィアだ。結婚しよう!』と、言ってちょうだい!」
「えっ……?」
幻術使いの少女が困惑する。
「ふたりとも何を変なリクエストをしているんだ!? この娘が困っているだろう」
俺は慌てて、ふたりを制止した。
「そうでしたわね。婚約パーティで、ロイ様ご本人から愛を告げられるのですから、必要ありませんでしたわ。パーティでは、婚約指輪の交換の後、キスのセレモニーも予定しています!」
「はぁ!? キスは恥ずかしいというか、困るって! これは偽装婚約だろ!?」
「じょ、冗談じゃないわ! 私だって、お兄ちゃんとはホッペにチュー止まりなのに!?」
シルヴィアが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「いえ、これはすでにお父様の了承も得て、来賓の方々にも通達済みなので、今さら撤回するのは難しいです。それに、わたくしたちのラブラブぶりを見れば、ティア様もヴァルム公爵もきっとあきらめますわ」
偽装婚約はレナ王女が、ヴァルム公爵家との縁談をかわすためでもあった。それは、確かに効果的だろうけど、俺としては……非常に困る。
だって、レナ王女はあまりにも魅力的過ぎるのだ。
彼女には好意を感じているが、これが恋愛感情かもわからないし、そんなあやふやな気持ちでキスなんてしちゃダメだろう。
「よし! じゃあ、今から私と、チューしようお兄ちゃん! お兄ちゃんのファーストキスは私のものだよ! 他の誰にも渡さないんだから!」
なぜか、シルヴィアが俺にダイブしてきて、キスをせがんできた。足が不自由なシルヴィアを支えるために、彼女を抱きしめざるを得ない。
「シルヴィア、何を言って……キスって、ホッペにか?」
「もちろん、唇にだよ、お兄ちゃん!」
「ぶぅ!? いや兄妹で、それはないだろう!?」
「シルヴィアさん、いくらご兄妹でも節度というものがありますわ! こうなったら、ロイ様! 今ここで、予行演習を! わたくしとキスをしてください!」
なんと、レナ王女まで俺に抱擁してきた。
ふたりの美少女からのサンドイッチに、俺は悲鳴を上げる。
ことあるごとに、ふたりは俺の奪い合いをしていた。
「悪いけど! 今から風竜機シルフィードの最終調整と、聖竜機バハムートの開発もあるから!」
王城にいるこの機会に、サポート機の開発も進めておきたかった。
ケルベロスを復活させたのが、もしあの男なら、次は何を仕掛けてくるかわからない。
強力な魔物の出現率も、最近では上昇してきているし、戦力の増強は急務だろう。
「むぅ~、お兄ちゃんがそうに言うなら……私はお兄ちゃんのお仕事の邪魔はしないよ」
「ぐっ、シルヴィアさんが、そうおっしゃるなら……わたくしも妻として、旦那様の偉業を邪魔する訳には参りませんわ」
シルヴィアはしぶしぶながなら、離れてくれた。レナ王女もそれにならう。
ほっ、よかった。よし、今から憩いの錬金術工房にひきこもろう。錬金術に没頭している時こそ、至福の時間だ。
「……それとロイ様、風竜機と聖竜機の主も探す必要がありますわね」
レナ王女がシリアスな顔になって告げる。
俺の開発した竜機シリーズは、人格を備えており、主となる人間を自ら選ぶ。
彼らの主となる最低条件は、高い魔力を持つことと、女性であることだ。
後者は男女ペアの方が【竜融合(ドラゴニックフュージョン)】の成功率が高くなるからだ。
【ドラニクル】は、その条件に合った高い魔力を持つ少女たちで構成されていた。
だが、風竜機は彼女らから主を選ばなかった。魔力の相性が良い相手がいなかったようだ。
『マスター、ヘルメスよ』
その時、厳かな声が聞こえてきた。
これは風竜機だ。念話の魔法で、俺にだけ声を送ってきていた。
俺の竜機シリーズは、機械でありながら霊質を備え、魔法を使うことができた。
『我が主にふさわしい少女が見つかった』
『本当か……!?』
俺は心の中で、問い返した。
『だが、その者は戦士にあらず。我を駆るにふさわしい勇気を持っているか、見極める必要がある』
『そうか。だけど、候補者が見つかったのは喜ばしいことだな。それは誰なんだ?』
『マスターの妹、シルヴィアだ』
驚愕の一言だった。
俺は妹の身の安全を第一に考えてきた。王城に連れてきたのもシルヴィアを守るためだ。
シルヴィアを戦場に立たせることはできない。
『それは却下する。お前の主は、他の誰かを探すしかないな』
『了解した』
風竜機は引き下がった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「……いや、何でもない。シルヴィア、お前は何も心配しなくて良いからな」
俺はシルヴィアの頭をやさしく撫でてやった。シルヴィアは嬉しそうだが、少し心配そうに目を細めた。
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