19話。幼馴染、自分の活躍はすべてロイのおかげだったと気づくが、もう遅い

【聖女ティア視点】


「……結論から言うとだな聖女様。あんたの本当の実力はDランク並み。ロイはあんたに気づかれないようにバフをかけて、Aランクにまで能力値を引き上げていたってことだ」


 ランディに厳しい眼差しで告げられて、私は動揺を隠せなかった。

 Dランクなんて、私が普段バカにしているクソ雑魚どもと一緒じゃない。


「あんたは、ロイを無能呼ばわりして自分が助けてやっていたと思っていたようだが、事実はまったく逆だぜ。無能は、【お漏らし聖女】のあんた。ロイは超Sランク級の天才冒険者だったてことだ」

「そ、そ、そそんな訳がぁ……!」


 反論しようにも、さっきB級ダンジョンで死にかけたのは事実。しかもこれは、Aランクのレンジャーの見立てよ。

 自分への絶対の自信が、ガラガラと崩れ落ちるのを感じた。


「まあ、信じられねぇのも無理はねぇがな。ロイはあんたと8年間も一緒に生活しながら、その実力を気取られなかったことになる。あんたの脳ミソがお花畑だったてことを考慮しても、とんでもない偽装技術だよな」


 ランディは酒をあおった。

 ここは冒険者で賑わう大衆食堂だった。私は汚れた服を着替えてから、ランディとここに入った。


「わ、私の今までの活躍は、全部、ロイのおかげだったてこと……?」


 受け入れ難いことだった。私はムキになって否定する。


「あり得ない、あり得ないわ……っ! だって、アイツは万年Eランクで! この私がいなかったら、何もできないようなヘタレ陰キャ、ただの錬金術オタクなのよ! そ、それがなんで……?」


 否定しないと、ロイがヘルメス様と同一人物かも知れないって考えが、浮かんで離れなくなる。


 もしロイがヘルメス様だったとしたら、私は今まで、なんてバカなことをしてきたの? ずっとロイを見下して、奴隷みたいに扱ってきたわ。


 今さら好きだって伝えても、ロイが私を受け入れてくれる可能性は、ゼロに等しいわ。


「……そ、そうよ! そんなことあり得ないわ! アイツが、ヘルメス様の訳がない! 絶対に違うううぅ! 嘘つき、ロイは嘘つきよ!」


 自分に言い聞かせるために、私は絶叫した。


「……はぁ、恩人に対して、ひでぇ言いようだな。まあ確かなのは、今のあんたの実力でこれまで通りにB級ダンジョンなんぞに挑んだら死ぬってことだ。今後は身の丈に合ったクエストを選ぶんだな」

「ぐぅううう……っ! ち、違うわ! 今回のことは何かの間違いよ。きっと、知らない間に疲れが溜まっていたんだわ! 次は……次こそは、私の聖女としての実力を見せてやるんだから!」


 私はテーブルをバンと叩いた。


「現実を認められねぇか。それなら、契約変更だ。危険手当込みで、俺の雇われ報酬は3倍。経費は全部あんた持ちだ」

「はぁ!? なによ、それ!? むちゃくちゃな契約じゃないの!?」

「俺の本職はベビーシッターじゃねぇんだ。実力Dランクの【お漏らし聖女様】の尻拭いをしてやろうってんだから、当然だろ? むしろ、良心的だと、感謝して欲しいくらいだな」

「おっ、お、お漏らし聖女ですって!? その言葉、もう一度言ったら、殺すわよ!」


 すると、ランディは大爆笑した。


「ブハッハッハッハッ! 殺す? あんたが、俺をどうやって?」


 逆に殺気のこもった視線で睨まれて、私は押し黙った。


「いいか? 殺すなんてセリフは、相手を殺す実力があって、初めて脅し文句になるんだぜ。Aランクの俺と、Dランクの【お漏らし聖女様】に、どれくらい実力差があると思ってやがるんだよ?」

「ぐぅううう……っ!」

「とりあえず、ここの飯代はあんた持ちな? それと荷物持ちは、今後あんたの担当だ。パーティー最底辺が荷物持ちをするのが、冒険者の常識だろう?」


 ランディは私を完全に見下していた。

 わ、私が荷物持ちですって?


「ぐっ……! そんなむちゃくちゃ言うなら、あんたも追放するわ! Aランクの聖女である私と、パーティーを組みたいヤツは、いっぱいいるんだからね! ついでに、あんたがむちゃくちゃな契約を吹っかけたという話も、言いふらしてやるんだから!」

「はっ、そうかい。なら、今回のクエストの詳細を、冒険者ギルドに報告するぜ。ここの受付嬢は、おしゃべりだからな。恐怖のあまり、聖女様が小便を垂れた事実を、明日にはみんなが知ることになるだろうな?」


 余裕の表情でランディは酒をあおって、店員に串焼きを追加注文する。

 

「わっ、わ、私を脅迫する気……!?」


 そんなことをされたら、私は恥ずかしくて、もう表を歩けないわ。

 こ、こいつ、なんて嫌なヤツなの!?


「脅迫も何も、冒険者ギルドにクエストの報告をするのは当然だろ? 何か間違っているか?」

「ぐっ! わかったわよ! ランディの報酬は3倍、経費は全部、私持ちで再契約するわ。その代わり、次のクエストで私が成果を出したら、契約は元に戻してもらうからね!」

「オーライ。まあ、仕事はきっちりするから、安心しろ。ぷはっ、こいつは、イイ金づるを手に入れたな」


 ランディは酒を美味しそうに飲んで笑った。そして、真顔で告げる。


「それから、あんま俺を舐めるなよ。あんたなんぞ、実力もねぇ癖にイキっているだけの世間知らずの小娘に過ぎねぇんだならな。少しは立場をわきまえろ。俺はロイみてぇに優しくはねぇぞ」

「ぐぅうううう……っ!」


 悔しさのあまり、私は唇を噛んだ。


 私はAランクの聖女で、ヘルメス様の婚約者に選ばれるほどの人間なのに、なんでこんな扱いを受けなくちゃならないのよ。絶対に間違っているわ。

 本当なら、これからガンガン実績を上げて、Sランク昇格を目指していたハズなのに……っ!


 この時、私はこれが転落の始まりに過ぎなかったとは予想だにしていなかった。

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