姉の元カノに脅されている。

深水紅茶(リプトン)

プロローグ 春の海でⅠ

「歩くの早いよ」


「そうかな? 普通だと思うけど」


 行く手に制服のスカートが揺れている。憧れだった群青と水色が交差するチェック模様を見ていると、それだけで心がくすんだ。着ている相手が相手だから尚更だ。

 裾から伸びたカモシカみたいな、ってカモシカ見たことないけど、とにかく白くて伸びやかな脚を見遣って、私は言った。


「そっちはいつも走ってるもんね」


「あんたは運動しなさすぎ。肥えるよ。折角可愛い顔してるのに」


「自慢か。うるさいな。いいよ別に。誰も困らないじゃん。てか寒い。帰る。もう帰る」


「お好きにどうぞ」


 視線の先で、彼女は足を止めていた。ガードレールに手を置いて、群青色をした明け方の海に向き合っている。

 眩しいほどの朝焼けが、彼女の横顔を照らした。

 海の音に混ざって、鼻歌が聞こえた。聞き覚えがある旋律だった。たしか、最近メジャーデビューした、地下アイドルのポップソングだ。

 私のことを待っているのだろうか。それとも、ただ海を見ているのか。そんなことさえ、今の私には分からない。ほんの少し前までは、確かに同じ心を持っていたのに。手を握る必要さえなく、心を通わせ合えたのに。

 どちらにせよ、私はもう、その背中を追うことに疲れてしまった。


「帰るからね!」


 宣言のように張り上げた声が、虚しく春の空へと拡散する。

 私は、踵を鳴らしてきびすを返した。追ってくる足音を待つけれど、いつまで経っても波の音しか聞こえない。

 横殴りの潮風が私の身体を打ち据える。

 舐めた唇は、塩の味がした。

 

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