第12話 重なる思い

「君、ひとり? こんな奥深くで何してるの?」

「その格好、冒険者じゃないよね? ひとりで無傷でこんなところまで来れるなんて……、見たところ戦士系職じゃなさそうだし、凄腕の魔法使い? それとも、人間に擬態するモンスター?」


 声を潜めて話しかけてきたのは、四人連れの冒険者たち。

 身につけた防具には無数の傷がついていて、ここに来るまでに幾度もの戦闘をくぐり抜けてきたのが知れる。おそらくモンスターとの遭遇を避けるため、足音を忍ばせて進んできたところ、アリーナを見つけたのだろう。

 突然現れた人間に、驚きを隠せない様子でいる。


「私は……」


(ああ~~、何も考えてなかったせいで、上手い言い訳が思いつかない……!)


 直前のラインハルトの発言に動揺していたせいもある。

 アリーナは言い繕うこともできずに、半笑いのまま固まってしまった。

 それをもって「危険はない」とでも判断されてしまったらしい。逃げる間もなく、アリーナは屈強な四人組に囲まれてしまう。


「人間? モンスターの擬態だとしても、ずいぶんと可愛いな」

「こんな迷宮の奥深くにいるということは、幸運な冒険者だけが出会える妖精か?」

「待て。そもそも実体なのか、これは」


 口々に勝手なことを言われたそばから、荒々しい手にぐいっと肩を掴まれる。


「やっ……」


 短く悲鳴を上げたところで、なぜか男たちにどっと笑われてしまった。


「へえ。良いねえ。この迷宮、今まで面白みがないと無視し続けていたが、『アリアドネの糸』なんて未知のレアアイテムが出現したくらいだ。それも入り口付近で。奥に進めばどれだけのお宝があるかと思っていたが、まさか美少女がドロップするとは」


 からかいに満ちた声に呼応するように、男たちがゲラゲラと笑う。


(ドロップ……! たしかに私はヘルムートさまの試作品、「異世界召喚くまちゃん」で召喚されたので、あのアイテムが実用化すれば「人間をドロップさせるアイテム」が現実のものにはなるでしょうけど……! 私は人間であって、アイテムではないのに)


「おい、こっち向けよ。もっとよく顔を見せろ」


 顎を掴まれ、上向かされる。アリーナは咄嗟に相手を蹴り上げたが、足が当たっても鋼のように鍛え抜かれた体はびくともしなかった。


(どうしよう……。すきを突いて「アリアドネの糸」で事務室に戻ることはできるけど、私がいなくなったら、ラインハルトさまがさらわれたと心配するんじゃ……! 何か連絡するようなアイテムがあれば良いのに、あ~~こんなときまで仕事のことが頭をよぎる……!!)


 離脱するか否か悩んだその瞬間。

 顎を掴んでいた手が外れた。のみならず、目の前を塞いでいた男の体が吹っ飛んだ。


「何をしている」


 これまで聞いたこともない、ラインハルトの極低音ボイス。

 顔をあげると、ぞっとするほどの無表情に青筋を立てたラインハルトが立っていた。


「ソロ冒険者か……!?」「こんな奥までひとりで来るからにはそれなりの」「ヤバイこいつ」


 ごちゃごちゃと口走っている男たちは、まとめてふっ飛ばされた。アリーナの目では認識できない速さの、強烈な風圧を伴う剛力によって。

 壁にめりこんでから地面に落ちた男たちを一瞥することもなく、ラインハルトはアリーナに歩み寄ってくる。


「少し目を離しただけでこれか」


 無事を確かめようとしたのか、アリーナの背に腕を回して自分の方へと引き寄せ、顔を覗き込んできた。

 掴まれた肩や顎は痛かったが、痣になるほどではないはずと思いつつ、アリーナは「大丈夫です」と微笑んで告げる。


「いざとなったら、『アリアドネの糸』で逃げようと思っていたので! 私、元祖ですよ、アイテムがなくても本人が使えるんです!」


 なるべく明るく言ってみたが、心配げなラインハルトの表情はますます沈んでしまった。


「そんなところを人間に見られてみろ。本格的に探されるぞ、君が。これからは、迷宮の拡張とモンスターの確保が急務だな。たしかに、入り口でレアアイテムが見つかるような迷宮、奥には何があるかと次々と冒険者が集まる。幸い、今くらいの集客があれば『アリアドネの糸』制作を続けても俺には余力がある。迷宮を拡張し、モンスターも多めに揃えよう」

「社長の神通力が増えれば、できることが増えて事業も拡大していくわけですね! もしかして社員希望の天使さんが来たりして……」 


 会社が大きくなるなんて夢があるな~とアリーナは笑顔で言ったが、見下ろしてきたラインハルトはため息交じりに首を振った。


「君あっての俺だよ。今だけだ。だが、君がいる間はこの迷宮を踏破されるわけにはいかない。絶対に守り抜く」


 その物言いが妙に心に引っかかって、アリーナはラインハルトの黒瞳を見つめて尋ねた。


「私がいなくなった後はどうなさるおつもりですか? ラインハルトさまがこの世界から消滅してしまうなんて、私は嫌です」

「それを言うなら、俺だって。君が俺の目の届かない、力の及ばない異世界へ行ってしまうことに耐えられるだろうか。離れてしまえば、君の危機に駆けつけることも、守ることもできない」


 打てば響くように、切々とした声音で囁かれる。

 互いの心を知ろうかとするように、無言のまま視線を絡ませて――


「戻ろう」


 重い口調で呟き、ラインハルトは目をそらした。




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