第八話・貴公子はひた隠し。
「和楓ー、いるー?」
和楓の部屋の前でドアをノックしていると、しばらくしてドアが開いた。整理終わってなかったのだろうか。邪魔したら悪いから引き返そうか。
「どうしたんですか?糸さん」
「終わったから、同じく終わってそうな人のところ遊びに行こうかなって。和楓は終わってる?」
「もう終わってますよ。どうぞ、上がってください。」
「お邪魔しまーす。」
スリッパを棚に入れて、部屋に入る。入ってすぐ、棚に何かのグッズや難しそうな本が飾られているのが見えた。
間取りは大体同じだけど、和楓の部屋はなんというか、子供部屋と豪華な部屋を足して二で割った感じの部屋だった。
制服は私立の学校ものっぽいし、どこかのお坊ちゃんなのかもしれない。
「あ、ソファーどうぞ。」
窓の近くに、俺の部屋にも置いてあった三人がけのソファーを直角に並べて、外が見えるように置いてあった。
窓からは、三月なのにも関わらず生き生きとした葉がついている森が電灯に照らされていた。恐らく常緑樹だろう。
そうか、和楓の部屋は俺と真反対の位置にあるから、建物からガラスで見えないようにする必要はないのか。
頷き、窓に面しているソファーに腰を下ろした。和楓ももう片方のソファーに座った。
「それでは改めて。これからよろしくお願いします、糸さん。」
「よろしく、和楓。」
髪と同じ色で琥珀色で少し吊り気味の目と、かちりと目が合う。
俺が微笑むと和楓も顔を綻ばせて笑った。少し吊り気味の目尻が下がって、屈託なく笑う、幼い子供に見える。
「最初見たとき、マネキンみたいな方だなって思ってたんですけど、全然そんなことないですね。」
「え?マネキン?」
和楓は、褒めているのか貶しているのかよく分からないけど、恐らく前者であろう言葉を悪気なさげに放つ。
思わず聞き返すと、しまった、というような表情をした。笑顔で、話せよ、と目で促すと申し訳なさそうにしながらも話しだした。
「……綺麗なお顔してるなと思いきや、表情全くなくて少し怖かったです。」
「そう見えてたかー。俺来るの遅れてて、ボッチかもって思ってたからさ、割と緊張してたんだよな。」
「回避出来てよかったじゃないですか。」
***
チラッと窓の上にかかっている時計を見る。いつの間にか時計の針は六時半のところを指していた。
時間経つの早いすぎだろ、なんて感じるほどに俺達はずっと話していたらしい。
「もしもの話ですが、糸さんが裏切られたらどうしますか?又は、裏切るような事になったら。」
家族の話をしていたとき何を思ったのか、和楓は話を逸らし、そんな質問をしてきた。
意地悪そうに微笑む。でも、綺麗な琥珀色の目の奥底には、俺を試すような光があるような気がする。
幼さがまだ少し残る顔は笑っている。でも、俺を見つめる瞳孔は小さくなっている。
まるで警戒する獣の様で、何処かに傷を隠している様。
和楓の後ろで、外に立っている森が風で靡く。風で枝が揺れて、葉が擦れる音が響く。
貴公子みたいな和楓と、雰囲気を醸し出す森はすごく様になっていて、本物の絵画みたいだった。
信用されてはないのか、とガッカリする。出会ったばかりだし、時間はまだまだある。これから仲良くなっていけば良い話だ。
立ち上がり和楓の方に近づく。和楓はほんの少しの怯えと警戒を滲ませる。俺が目の前に立つと何をするか不思議そうに見つめた。
「ん?そんなの、俺が裏切らせなければいいんだよ。俺も裏切らないから問題ない。
そうだろ?」
手を伸ばして、和楓の頬に触れて言う。俺の方が少し背が小さいが、和楓は座っているため俺が見下ろす様な形になる。
少し温い頬は、絵画なんかじゃなくて和楓が確かに生きている事を感じさせる。
琥珀色の瞳が俺を凝視する。警戒心は、少しだけ消えているように見えた。
言いたいことちょっとは伝わったかもしれない。少し嬉しくなって微笑む。
「はぁ。答えになってないんですけど?なんでそんな自信持って言えるんですか。」
「俺、言葉で表すの苦手だし。行動で表してやるよ。」
それに、俺から裏切ることも絶対ないし、裏切らせるつもりもない。そういう絶対的な自信が確かに俺の胸には存在する。
和楓が俺の腕をそっと掴んだ。
何をするのかと思えば、ただ腕を掴んでいるだけ。そのままロボットみたいに感情がない顔でずっと目を合わせてくる。
ニヤッと笑って見せると、和楓は慌てて俺から目を逸らし、知らないフリをした。恐らく気付いているんだろうけど。
「よく、分からないですね。」
「まあ良いや。そろそろ一階降りようぜ。
あと、色々バレバレだぜ。瞳孔が野生動物みたいになってんだけど。」
「は!?え、ちょっと糸さん!?」
俺の腕を掴んだままの和楓の腕を外す。両腕を掴んで立ち上がらせると、腕を離してドアに向かった。
後ろから和楓の驚いたような声が追いかけてくる。後ろを振り向くと、驚いて俺を見つめたまま立ち尽くす和楓がいた。
「早くしないと置いてくけど。」
「ちょっと!!酷いです!!」
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