第22話「フリードリヒ、覚醒」


『力が、欲しいか』


 絶体絶命の今、そんな状況にぴったりな陳腐な言葉が聞こえた。

 だが、その声には聞き覚えのある気がした。

 声の持ち主を思い浮かべようとするが、靄がかかったように顔が浮かばない。


『もしお前が力を求めているのなら、早く答えろ。お前には時間がないはずだ』


 その声で、俺は改めて自分の状況を思い知る。

 目の前には俺を殺さんと殺意が溢れ出ているこの世界最強生物、ドラゴン

 体はボロボロ、もはや意識を保っているのも奇跡とも言える俺。

 俺の下にはいつ鼓動を失ってもおかしくないほど細い息をしているヴェリーナ。

 そして、俺が竜の卵を持って帰らなければ、クリスは帰らぬ人になるかもしれない。


『さあ、答えよ。力が、欲しいか』


 答えは、決まっていた。

 この声には聞き覚えがあるが、それが誰のものなのか分からない。最近聞いた気もするし、産まれて初めて最初に聞いた声かもしれない。

 だが、その声が例え邪神のものであっても、俺はこう答えただろう。


「ほ、しい…!力が…!ヴェリーナも、クリスも……助けられる力が……!」


 俺は残る気力を振り絞って声を出す。

 目の前では、竜が尻尾を振り下ろそうとしていた。


『よかろう』


 その声が聞こえた瞬間、俺を中心に強風が吹き荒れた。


「グガァ!?」

「フリードリヒ……!?」


 それと同時にツノが熱くなる。数年前、色を失ったこのツノが。


『古の盟約は再び結ばれた。もう一度誓え。力を授ける代わりに、我が悲願に手を貸すと』


 古の盟約。悲願。

 頭に響くこの声の持ち主が誰なのか、そして何を言っているのか。

 正直全く分からない。


 だが、俺は、ヴェリーナを、クリスを、俺が大好きな『お姉ちゃん』の命を救うためなら、なんだってやってやる――!


「誓う!だから、力をくれ!俺に彼女たちを守る力を!」

『よかろう。これよりお前は私の眷属だ。…存分に力を振るうといい』


 その声を最後に、ツノの熱は冷え声は聞こえなくなった。


 今でも、気を抜けば意識が飛びそうだ。全身は痛いし、視界はぼやけている。

 だが、力が漲る。


「ググゥ…?」

 

 竜は今起こった状況に混乱しているようだった。

 俺はそんな竜に向かって掌を向ける。


 狙う魔術は『氷弾』。これが恐らく俺の持つ魔術で最大のダメージを与えられる魔術だ。


 俺はイメージする。ただの『氷弾』じゃだめだ。もっと大きい『氷弾』を作らなければいけない。

 クリスが手本にやってくれた時の『氷弾』は拳二個分程の大きさのものだったが、あれでも足りないだろう。竜はデカい。二階建ての家屋くらいはある。

 どれくらい必要だろうか。こいつの腹を刺し穿つなら、自転車くらいの大きさは欲しいな。


 俺はイメージする。1mくらいの氷塊。普段の『氷弾』の数倍もの大きさの氷塊。だが、それがなければこいつは倒せない。

 右手にその大きさの氷塊を浮かべるイメージをする。よし。今の俺ならいけるはずだ。力を授かった俺なら。


「『まじゅ』――。………は?」


 『氷弾』を発動させようと詠唱を始めた俺だったが、中断してしまう。

 何故か。


「なに……、それ………?」


 



 俺の右手には。3mを下らない程の大きさの氷塊が浮かんでいた。





「な、んでだ…?」


 困惑する俺。

 何故詠唱をしていないのに『氷弾』が発動しているんだ?

 いや、そもそもこれは本当に『氷弾』なのか?『氷弾』は初級魔術。こんな大きい氷塊を生み出すなんて…上級魔術の範疇じゃないのか!?


「坊ちゃん!?」

「くっ…竜が!坊ちゃんこちらに!!」


 そのタイミングで、武装したリーサとリーセが飛び込んでくる。俺を追ってきたのだろう。

 瞬間、俺に再び力が漲る。何でも出来る万能感を感じる。

 な、なんだこれ…。


「グガァ!」


 突然の闖入者に腹を立てた竜が尻尾で彼女たちを薙ぎ払おうとする。


「あぶない…!」


 俺は咄嗟に、空いている左手を彼女たちに向けた。

 その瞬間、左手からリーサリーセに強風が吹き、彼女たちは吹き飛ぶ。


「きゃっ!?」


 直後、彼女たちがさっきまでいた場所を竜の尻尾が通り過ぎる。

 吹き飛んだリーサリーセはその後、重力を忘れたような動きで優しく地面に着地する。


「い、一体何が…?」


 彼女たちは俺を見つめるが、正直俺にも何が起きたか分からない。

 だが一つ分かるのは、彼女たちを救った今の風は俺が起こしたという事だ。


「グゥゥゥ…?」


 竜は低く唸った。何が起こったのかを考えるように。


「ガァァァー!」

「うおっ!?」


 竜は俺の右手に浮かぶ巨大な氷塊に向かって炎の息を吐いた。

 先ほどヴェリーナはこいつのことを火竜レッドドラゴンと言った。

 その名、そして吐く息からこいつは本当に氷が苦手なようで、きっと目障りで脅威な氷塊を溶かそうとしたのだ。


「させるかぁーーー!」


 俺は右手に魔力を込める。

 

「ぼ、坊ちゃん…?」

「その力は……?」


 普通なら切れてもおかしくないくらいの魔力を注いでいるのだが、それは尽きる気配がしない。

 むしろ、増えていっているような気がする。


「うぉぉぉぉぉぉお――!」


 更に魔力を込める。

 氷塊は炎の息で溶けることなく、むしろ更に大きくなっていく。




 いつのまにかソレは、竜と同じくらいの大きさのものとなっていた。




「ふりー……どり、ひ………」

 

 竜は息を吐くのをやめた。どうやら限界のようだ。


 なら、俺の勝ちだ。


「くらえええええええええええええ!」


 俺は氷塊を鋭い形――ドリルのような姿に変え、竜に向かって撃った。


「ウ、ウガアアアアアアアアアアアアアアア!」


 その氷塊は竜の固い皮膚に刺さり、やがて貫いた。


 そして、りゅ、うは、たお……れて……………


「坊ちゃん!?」

「大丈夫ですか!?」


 意識が急速に奪われていく。瞼が重い。体の感覚も無くなっていく。


「あ……」


 視界が完全に闇に覆われる直前に、俺に何かを叫びつつ涙を流しているヴェリーナが見えた。

 

 ああ…目が覚めるときには泣き止んでくれていると良いな。

 ヴェリーナに涙は似合わないから、なんて。


 直後、俺は完全に意識を失った。

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