第16話想い……そして、別れ……

あの大雨から数十日後。

街もようやく落ち着きを取り戻しいつもの風景に戻ってきた。

アイザックの傷は医者も驚くほどの大怪我だったらしく、生きているのが不思議だと言われたとイアン伝いに聞いた。


(ライがいなきゃ死んでいた)


いつものように自分のベッドの上でヨダレを垂らしながら眠る肥満スズメに感謝しながら頭を撫でた。


そんなアイザックだが、一向に私の元に姿を現さない。

聞いたところによると、騎士団には復帰しているらしい。


(何なの?傷が治ったら礼をするって言ってなかった?)


別に待ってなんかいないけど、貰えるものは貰っときたいじゃない……


悶々とした気分を晴らそうと外に出た。

そして、いつもの木に登り街を眺めていた。


そよそよと風を気持ちよく、思わず木の幹に体を預け目を瞑った。

しばらく目を瞑って風を感じていると、人の気配がした。


「──そんな所で眠っていると危ないですよ?」


木の下から声がかかった。

その声は、待っていた人の声。

私は飛び起き下を見ると、その姿を捉えた。


「……アイ……ザック……?」


「全く、お転婆なのは結構ですが、程々にしてくださいね。私の心臓が持ちません」


優しく微笑むのは紛れもなく、アイザックその人だった。


私は目頭が熱くなったがグッと堪え、気づいたら飛び降りてた。


「──うわっ!!」


私を慌てて受け止めてくれたアイザックと共に地面に転がった。


「大丈夫ですか!?どうしたんです!?いきなり飛び降りて……」


何も言わずにアイザックの胸に抱かれている私が心配になったようで、アイザックが問いかけていた。


(本当にアイザックだ……)


その温もりを感じ、生きていることを確かめた。

ゆっくり顔を上げると、私の顔を見たアイザックが驚いているのがわかった。


何をそんなに驚いているのかと疑問だったが、頬を伝う感触に私が泣いていることに気づいた。


「……あれ?」


堪えたはずなのにおかしいな。と思いながら必死に目を擦るがとめどなく溢れる涙は止まらない。

すると、必死に擦っている手をアイザックが止めた。

そして、優しく目尻にキスをしてきた。


「──なっ!!!」


一瞬で涙が止まった。その代わり一瞬で顔が沸騰した。


「──すみません。可愛らしくてつい」


クスッとイタズラに笑ったアイザックだがその顔を見ても、もう闇には呑まれない。


ムッと膨れている私に、すぐに来れなかった理由を教えてくれた。


「すみません。もっと早くに来たかったのですが、街の被害が大きくて復興に時間がかかってしまいました」


「寂しかったですか?」と微笑みながら付け加えられた。


「そ、そんな事ないわよ!!煩いのがいなくて清々していたところよ」


「ふふっ。シンシアは本当に嘘が下手ですね」


顔を背けて機嫌の悪いように振舞っている私の頬に優しく手が添えられた。


「──シンシア。祖父と同じ顔をしている私を嫌っているのは分かっています。それでも、私は貴方から目が離せない。いっその事死んでしまえば貴方が喜んでくれるだろうかと思いましたが、泣いている貴方を見てその考えが愚かな事だと知らされました。私は貴方を笑顔にしたい。生涯貴方だけを思うと誓います。ですから、どうか私と同じ道を歩んでくれませんか?」


真剣な顔で伝えられたアイザックの想い。

私はダロンの時の事が思い出された。

あの時、あいつも私を生涯愛すると誓っていた。

しかし、その愛は偽物だった。

じゃあ、目の前のこの人は?


また私を裏切る?愛なんて都合のいい言葉並べれば女なんてイチコロだって思ってる?


(ううん。この人はそんな人じゃない……)


正直、信用していいのか分からない。……けど、信用したい自分もいる。


(もう一度、人を信じてみようかしら……)


これで裏切られたらライにお願いして魂を消滅してもらおう。

二度も裏切られたら、人として生きる事が辛い。


(もう一度だけ……)


私は差し出されていたアイザックの手を取った。

アイザックは喜び、私を持ち上げそのままキスを交わした……



◆◆◆



「遂に……お前が結婚……ズビッ……」


「ちょっと、鼻水で汚さないでよ?」


今日は私とアイザックの婚礼式。

目の前には涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃの肥満スズメ。


「……ねぇ、わたしの婚礼式が終わったらライは天界に戻るの?」


ずっと思っていた。

ライは私が悪霊になるのを防ぐ為にやって来た。

だけど、その私がこうして本当に信じ合える人と出逢えた。

きっと、もう大丈夫……だと思う。

そうなれば、元々神様のライは人間界にいる必要はなくなる……


(ヤダな……)


随分と長い付き合いになったからか、離れるのが寂しいと思ってしまった。


「……あぁ。仮にも私は神だからな……」


分かってた。分かってたけど、やっぱり寂しい。

自然と涙が込み上げてきた。


(最近の私は涙脆いな)


「そんなに泣くな。私はいつも天界からお前の事を見ている。……だから悪霊なんぞになるなよ?」


いつの間にか本来の姿に戻ったライに優しく頭を撫でられた。


「──ふふっ。今度はちゃんと人生を全うしてから天界に行くわよ」


その言葉を聞いたライは安心したのか、優しく微笑み光と共に姿を消していった。


消える間際、最後に「結婚おめでとう。幸せにな」と私に伝えていった……


「……式の最後までいなさいよ。バカスズメ……」


天に向かって呟いた。




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