第28話 剣聖は昇格する

 リディアと相談した結果、果物盗賊団を捕まえたのでそろそろDランクへの昇格を申請してみようということになった。


 冒険者ギルドでは一定の成果を挙げた冒険者は冒険者ランク昇格の申請をすることができる。昇格の審査は依頼の達成状況やその冒険者の実力、人柄などを総合的に判断する形となっている。


 大きな手柄も挙げたし、俺たちはこれまでにいくつも依頼を達成している。それに、そもそも俺は過去にSランクにまで到達した実績があるのだ。なので大丈夫だろうと思っていたのだが案の定、俺たちの昇格は認められた。


「くくく、今日からあなた方はDランク冒険者ですぞ。より一層の活躍を期待させていただくとしましょうか……」

 新しいギルドカードをすっとカウンターの上に出して、受付嬢はにいっと笑った。


 会う度思うが、この女はほんとどうしてこんなわけのわからない口調なんだろう。子供の頃からこうだったんだろうか……。まあ仕事はちゃんとしてくれるんだし、いいか。


「くくく、恐悦至極」

 つま先立ちして頑張ってカウンターの上に顔を出しているユーナもまた、にいっと笑っていた。

「ユーナよ、背伸びしながら大物しゃべりするのはカッコ悪いぞ」

 俺はつま先立ちしているせいでプルプル震えている五歳児に言ってやった。

「なんと」


「くくく、ユーナ殿にはまだこの領域は早いということですぞ」

 ちょっとしょんぼりしているユーナを受付嬢が慰めていた。……いや、慰めてんのか、これ?

 そんなことを思いつつも俺はリディアとともに新しいギルドカードを受け取った。

 これで俺たちは晴れてEランクから昇格し、Dランクの冒険者となったわけだ。


「よーし、今日はお祝いだな。ユーナ、どこか行きたいところはあるか?」

 俺はユーナに聞いてみた。

 果物好きなれど世間に認めてもらえず、悪の道に落ちてしまった果物盗賊団を改心させられたのはこの五歳児による説教のおかげもある。戦ったわけではないとはいえ今回の件の功労者だから労ってやりたかった。


「では、あの赤ウナギの肝焼きがもう一度食べたい」

 ユーナは少し考えてからそう言った。

「そっか、レオンさんとユーナちゃんが出会ったときに食べた思い出の味だね」

 くすっと笑ってリディアが言った。


「……思い出とかは、そんなに関係ない。私は純粋に、あの味が好きなだけ。それだけ」

 ユーナはちょっと言いよどんでいた。この五歳児が照れているのは珍しい。なかなか微笑ましいが、功労者だしな。突っつくのはやめておいてやるか。

「よーし、じゃあ広場に行こう」




 で、俺たちは赤ウナギの肝焼きを求めて王都の広場までやってきた。

 ここに来るのも久しぶりだな。冒険者になってからは基本的に宿屋とギルドの往復だったし。昼にはまだ少し早いのだが相変わらずたくさんの露店が出ていて人通りも多く、活気がある。さて、あの肝焼きの店は広場の隅に出ているはずだが……。


 俺がキョロキョロとあたりを見て目当ての店を探していると、ユーナがくいくいと袖を引いた。

「見つけた。こっち」

「なんだと……お前、俺よりも速く……」

 剣聖として眼には自信を持っている。その俺がまさか五歳児に負けるとは……。


「あなたには剣聖の眼があるのだろうが、私には肝焼き好きの鼻がある」

 ユーナが得意気に言った。

「鼻か……そこは鍛えていなかったな。今回は俺の負けか」


「張り合わなくてもいいと思うんですが……」

 俺は悔しさを噛みしめていたのだが、リディアは苦笑を漏らしていた。

 ユーナが見つけた露店では、無口な店主が以前と同じように集中した様子で赤ウナギの肝を焼いていた。軽く挨拶すると向こうもこちらのことを覚えていてくれたようで、ユーナに向かってほんの少しだけ笑みを浮かべてくれた。


 うーむ、渋いな。

 これぞ職人という感じだった。

 で、俺は赤ウナギの肝焼きをユーナに買ってやり、自分用には別の店で串焼きの肉を買った。リディアは少し悩んでいたが、ほどよくとろけたチーズを挟んだパンを買っていた。


「スローディル王国の王都は活気があっていいですね」

 ベンチに座ったリディアは行き交う人々を眺めながらそう言った。

「シルベスタとはまた違う感じなのか?」

 俺はリディアに聞いてみた。


 武者修業時代には各地を転々としたのだが、シルベスタ王国には行ったことがない。魔王を討伐して国を守ったという歴史があるので武芸を重んじている、という話は一応聞いたことがある。ただ、国民はおだやかな気質で争いごとは好まないそうだ。

 リディアの気立ての良さと王女ながら槍の達人なのを見ていると割と納得のいく話ではあるよなー、と思ってはいた。


「そうですね、シルベスタは王都でももっとのんびりとした雰囲気ですよ。ゆっくりと時間が流れているような感じと言いますか」

「ほう。レオンの故郷もそんな風だと聞いているが」

 リディアの説明を聞いたユーナが言った。


「そうなんですか? たしかバルカス伯爵の領地は王国の南の方、オルベール帝国との国境付近でしたよね?」

 リディアに聞かれて俺はうなずく。

「その通りだよ。うちは初代剣聖が当時のスローディル王から南の国境の警備を任せられて、その土地をずっと引き継いできた家系だからな」

 ユーナとリディアに説明した。


「この国は南をオルベール帝国と接しているから、それ相応の備えが必要……ということになっていたんだ。だけど、実際のところバルカス家と帝国が刃を交えることはほとんどなかった」

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