第11話 剣聖は勝利を収める

「レオン・バルカスって言えばあの抜刀伯爵バルト・バルカスの息子だろ……」

「しかも伯爵が持ってた最年少記録を更新して剣聖になった天才じゃねえか」

「あの竜狩り聖女が攻めてきたときも互角に渡り合ってこの国を守った英雄だぜ……」


 俺が誰なのか気づいた観客たちはどよめいていた。

 正体を隠すことよりもうちの五歳児を守ることの方が優先なので仕方がないのだが、こういうのはなんかムズムズするなあ。


「でもよ、あいつ投石だのコブラツイストだのやってたぞ?」

「投網まで使ってたよな」

「剣聖レオン・バルカスか……思ってたのと違うな」


 度肝を抜かれていた観客たちだったが少し冷静になったのかそんなことを言い始めた。

 なんか悔しかったので俺は言い返してやることにした。


「剣の道は全てに通ず。剣聖とはただ剣のみを極めるにあらず」

 フッと笑ってそう言ってから、愛用のサーベルを鞘に収めた。


「おお、剣聖がなんか深いこと言ってるぞ!」

「言ってることはカッコいいんだが、あの戦闘スタイルはやっぱり剣聖っぽくねえよなあ」

 感心してくれてる奴もいたが首をかしげるやつもいた。


 あれ? 親父がこれを言ってるときはすげーかっこよかったんだけど……。俺もまだまだ修行が足りないかー。


「レオンさんが……剣聖レオン・バルカス……」

 リディアはぽかんとした顔で俺を見ていた。

「あとできちんと話すつもりだったんだが、それどころじゃなくなってしまってな……。騙すようなことをして悪かった」

「騙すだなんてそんな……。事情は理解出来ますから、謝ったりしないでください」

 俺が頭を下げるとリディアはそう言ってくれた。


「でもなあ、好きな人に嘘はつきたくないし……」

「も、もう! わたしは気にしてませんってば!」

 結構本気申し訳なく思っていたのだがリディアからは強く否定されてしまった。

 ここまで言うのならこっちも気にしなくていいのか。


「くくく、レオン殿、娘を守るために正体を明かして雷を一刀両断したのはよいですが、決闘はまだ終わってはいませぬぞ。イチャコラは後回しにすべきではないですかな」

 審判役の受付嬢が言った。それに対してリディアは「イチャコラなんてしてません!」と文句を言っていた。

 リディアとの会話はなんかこう幸せな気分になれるのだが、ここはこの女の言うとおりか。勝負がつくまでが決闘だ。


「お、俺は、俺は子供相手に、魔法を撃ってしまったのか……」

 ランバートがつぶやいた。

「悪気はなかったんだろうが、これ以上ユーナとリディアを危険な目に遭わせるわけにはいかない。まだ続けるのならここからは俺も本気で――」


「申し訳なかった!」

 俺はランバートに向き直り、ここからは本気でやると言おうとしたのだが、ランバートは両膝をついて地面に頭を打ち付け、ものすごい勢いで謝罪してきた。

 えっと……なんだこれ?


「自分の魔法の制御も出来ず、子供相手に雷撃を放ってしまうなんて、僕は! 本当に! 最低だ!」

 ランバートは……なんかメチャクチャ後悔してメチャクチャ反省していた。一人称が変わってるし、すごい勢いで何度も何度も頭を下げるものだから顔が地面にぶつかって鼻血が吹き出している。その上号泣までしてるもんだからなんかもう壮絶な感じだった。


「お、おう、反省してくれてるなら、なによりだよ……」

 とてもじゃないが演技には見えない。剣聖の洞察力なんぞなかろうとも、彼が心の底から謝罪しているのは一目でわかった。

 にしても勢いがすごすぎないか? いや、わざとじゃないとはいえ無関係の子供相手に攻撃魔法飛ばしてしまうのは最悪ではあるんだが……。


「保護者よ、なにやら……予想外の展開になっているようだが」

 流石のユーナもランバートの全力謝罪には引いているようだった。

「ああ……なんかすごいことになったな……」

 俺の方もそんなことしか言えなかった。

「ランバートは空前絶後の勢いで謝罪しているが、そもそもあなたは観戦のリスクについてきちんと私に説明してくれていた」

「まあ流れ弾とかも想定はしてたな」

 ユーナの言葉に俺はうなずいた。


 決闘の観戦にあたって俺はユーナに「流れ弾飛んでいったりしたらちゃんと守ってやるから安心しろ」と言っておいたのだった。ユーナは「ならば安心。かたじけない」と言っていた。で、「ところで、私は観戦のお供にポップコーンを所望する」などと言ってきやがったので「却下」と言ってやったのだった。


 というわけで俺たち二人はこういった事態はリスクとして許容していたのだが……ランバートは自分のしたことをものすごい勢いで後悔してるんだよなあ……。


「それは、教えてあげた方がいいかもしれませんね……」

 苦笑いしつつリディアが言ったのだが、ランバートはそんな彼女に向き直った。

「あなたにも謝らせてくれ! 僕はどうかしていた! 僕と違ってきちんと女性に自分の思いを伝えられるレオンがうらやましくて、腹立たしくて、それで懲らしめてやろうと思ったんだ! だが、あなたの思いを無視して無理矢理仲間にしようとするなんて、僕は冒険者失格だ! 本当に申し訳ない!」

 今度はリディアに向かって頭を下げていた。


 えらい変わり様だった。まるで憑き物が落ちたみたいだな。まあ、あの受付嬢曰くもともとはまともな冒険者だったらしいし、自分の最強魔法を誤射した挙げ句、一刀両断されれば目も覚めるのか。


「ええと、そこまでしてもらわなくてもわたしは大丈夫ですよ?」

 リディアは少し戸惑っているようだった。

「もう少し怒ってやってもいいんじゃないか? ランバートの奴、君を景品扱いしたんだぞ」

「その通りだ! どうか、どうか僕を罵って欲しい!」

 ちょっと優しすぎるように思ったのでリディアに言ったのだが、ランバートがすごい勢いで乗っかってきた。

 いや、罵れとまでは言ってないし、これだとランバートがなんか特殊な趣味の人みたいに見えてしまうが……でも、罵倒するリディアか……ちょっと見てみたい気もする。


 しかし、当のリディアは苦笑するだけだった。


「景品扱いされたことにはわたしも怒ってますよ。でも、わたしは最初から……レオンさんが守ってくれるって信じてましたから……」

「ヒュウッ!」

 少し恥ずかしそうにそう言うリディアを五歳児が口笛吹いて冷やかしていた。

 なんか将来が心配になってきたな……。


「じゃあ、ランバートのことは許してやってもいいか?」

 俺が聞くとユーナは無言でぐっと親指を立て、リディアは笑ってうなずいてくれた。

「だそうだ。もう誰彼構わず決闘を申し込んだりするなよ?」

「もちろんだ! もう二度とこんなことはしない! この決闘は、僕の負けだ!」

 ランバートは最後にもう一度頭を下げて負けを認めた。


 こうして、リディアを巡る俺とランバートの決闘は幕を閉じたのだった。

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