第1057話 国都の側で

 騒動のあった街を離れた僕とパパンは、仲良く馬を並べて国都を目指して東に向かう。

 

「しかし、あの街の衛兵達は精鋭と言っても過言ではありませんでしたな」


 僕がそう感想を述べると、パパンがこの道中で最大級の渋い顔をこちらに向けてきた。

 一体どうしたというのか。

 僕が首を傾げると、パパンが深々とため息をついた。


「何を呑気なことを。お前があっという間に捕まったせいで無駄な時間を使ってしまったではないか」


 ははっ。

 パパンの言うとおり、実は衛兵に捕まってた件。


「父上、大変申し訳なく。しかし、まさか衛兵のなかにあれほどの俊足が混ざっているとは」


 いや、彼は本当に速かった。

 舐めていたわけではない、とは言えない。

 心のどこかに、『流石に他領の衛兵さんに捕まることはないだろう』という油断があったのは事実だ。

 そんな僕を嘲笑うかのようのように、後ろから近づいてくる足音。

 それが距離をどんどん詰めてくると、まずい! と思った時にはタックルを敢行してきた。

 もちろん一人くらいなら引きずって走ることは可能だったけど、僕も男だ。

 追い付かれた時点で負けを認めないなんて、ヘッセリンクの名が廃るってもんよ。

 両手を上げることで降参を示し、僕を捕まえた勇気ある俊足衛兵さんには、健闘を讃えるべく『顔は覚えておくぞ』と告げたうえで、大人しく領主さんが来るのを待つことを受け入れたってわけ。

 

【途中でレックス様がいないことに気づいて様子を見に戻ってきた時の先代様の心中を五字以内で答えなさい】


 激怒。


「あまり言いたくないが、あれはあの衛兵が速いのではなくお前が遅過ぎたという一点に尽きる」


 その点については、こないだグランパからも苦言を呈されたばかりだ。

 魔法使いのくせに鈍足でどうするってさ。

 そう伝えると、パパンが呆れたように首を横に振る。


「誤解を招く言い方だな。正確には、ヘッセリンクの魔法使いのくせに、だろう。一般的な魔法使いは鈍足と相場が決まっている」


「ヘッセリンクの魔法使いということは、聖者様も俊足なのですか?」


 聖者様は、素手での殴り合いが得意で体を動かすことに長けているグランパと違って、純魔法使いっぽいおじさまだから鈍足でも不思議じゃない。

 しかし、パパンが見せたのは呆れたような表情だった。


「いいか? あの方は、全てが速い。走る速度だけでなく、悪辣な考えに至る速度から手が出る速度まで全てが」


 やだヘッセリンク。

 

「それでなぜ聖者などと呼ばれているのですか」


 二つ名だけだったら歴代でも剣王様に並ぶまともさだよひいひいおじいちゃんは。


「そう呼ばれる理由が皮肉以外にあるなら教えてほしいものだ。もちろん、市井の者達の怪我を無償で癒し続けたというのも事実だが、それも教会への嫌がらせを含んでいたらしいぞ」


 まさかそんな嫌がらせなんてと思ったけど、本人がそう言っているらしいので間違いないようだ。

 教会の目の前に人を集めて無償で治療したりしていたらしい。

 一体何がそうさせたのか。


「聖者様やお祖父様のヘッセリンクっぷりを考えれば父上や僕は大人しいものですね」


「自分をそこに含めるなど図々しいにも程があるが、まあいい。私が急逝したことでお前に苦労をかけていることは申し訳ないと思っているし、若いながらによくやっているとも思う」


 パパン……。


「もっと褒めてくださってもいいですよ?」


「そこは謙遜するところだ調子に乗るな馬鹿者め。とりあえず、お前はもう少し速く走れるようになったほうがいい」


 調子に乗りましたごめんなさい。

 ただ、鈍足伯爵からの脱却については頭の隅においておくくらいでいいだろう。

 どう考えても最優先事項じゃないからね。


「足が速いというのは貴族として色々有利に働くものだ。例えば、宰相の説教から逃げるときなど特に」


 最重要事項として帰ったら走り込みを行います。

 そう心に決めつつ馬を走らせることしばし。


「……見えてきたな」


 パパンが感慨深げに呟いたとおり、遠目に国都の街並みが見えてきた。


「いかがですか。久しぶりの国都は」


 馬を止めてそう尋ねると、東を眺めならパパンが言う。


「感動など覚えるタチではないのだが、それでも二度と足を運ぶことはないと思っていた場所だ。流石に、胸にくるものがある」


 ほんの少し声が震えているような気がした。

 目出し帽の中で、もしかしたら泣いていたのかもしれない。


「では、参りましょう。衛兵には私の名において父上を通すように掛け合います。なあに。問題ございません。これでも国都では少し有名なのです。衛兵も融通をきかせてくれるでしょう」


 そう言って再び馬を走らせようとすると、東から一台の馬車が向かってくるのが見えた。

 国都からやってきたらしいその馬車は、猛スピードでこちらに近づいてくると、まるで僕達を目的地としていたかのように目の前で止まってみせる。

 ムッキムキの馬二頭が引く、濃緑に積み上げられた金塊が描かれた趣味の悪い馬車。

 あれ?

 この馬車、うちのじゃない?

 そう考えていると、降りてきたのは案の定ママンだった。


「ご機嫌よう、レックス殿」


「母上。なぜこのような場所に」


 えらく豪華なドレスを身に纏い、化粧もバッチリな大奥様モードのママン。

 なんだろう。

 どこかでパーティーかな?


「なぜ? それは手の者から報告があったからです。お忍びのはずなのに濃緑の外套を纏って西からやってきたうっかりさんが、愛しのジーカス様のような巨大な槍を担いだ正体不明の男とともに近くの街で騒動を起こしたと」


 もうバレてるなんて流石はラスブランの直系だ。

 さてどうしたものかと視線を交わし合う僕とパパン。

 しかし、そんな様子を見て、ママンが口元を隠しながら上品に笑った。


「詳しいことは後で聞きます。まずは屋敷へ。衛兵には先代ヘッセリンク伯爵夫人として話を通してありますのでご心配なく。さ、参りましょう、レックス殿。そして……ジーカス様」


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