第514話 黒い弾丸、赤い弾丸

 メアリとユミカに連れられて戻ってきたエリクスだったけど、右の拳に布が巻かれている。

 拳に何か封印されてるなんて話は知らないので、恐らく怪我の手当なんだろうけど。


「エリクス、なんだその手は」


 ハイバーニ公爵への事情聴取で、なんで怪我してるの?

 そう尋ねると、珍しく目を泳がせたエリクスが勢いよく頭を下げる。


「いえ、あの。……申し訳ございません! 怒りに我を忘れて、ハイバーニ公爵様を殴り倒してしまいました!」


 え、本当に?

 これ、もしかしなくてもフィルミー超えなんじゃない?

 フィルミーが殴り倒したのは自国の伯爵。

 エリクスが殴り倒したのは他国の公爵。

 なんで常識人寄りだった家来衆に限って貴族に手を上げるのだろうか。

 そんなゆるい考察を行う僕とは対照的に、オドルスキが怖い顔でエリクスに歩み寄る。


「この、愚か者が!!」


 怒声とともにゆるふわ天パにめり込む聖騎士の拳骨。

 手加減はしてるだろうけど、僕以上の紙装甲を誇るエリクスはあまりの衝撃に膝から崩れ落ちる。


「おい! やめろよオド兄! 途中から見てたけどあのおっさんが馬鹿すぎるのが悪いよ」


 メアリが庇うように声を上げるが、オドルスキはそれを手で制して膝をつき、視線をエリクスに合わせた。


「私がいつ拳を怪我するような殴り方を教えた? 怒りに身を任せるからしなくていい怪我をするのだ。まったく、オーレナングに帰ったら基礎からやり直しだ。覚悟しておけ」


「あ、そっち? なら好きなだけ叱ってくれていいわ」


 いや、よその貴族をしばいたことも多少は叱られて然るべきだとは思うけどね?


【と、よその貴族をしばきあげ続けている伯爵様が言っております】


 言われてみれば確かにそう。

 まあ、それはそれとして。


「ハイバーニ公爵の様子は?」


「一応縛っておいたけど、当面立ち直れないんじゃね? 殴られた衝撃と、腹心だと思い込んでた仲間に裏切られてたかもしれないって衝撃でさ」


 メアリとエリクスからの報告では、ボカジュニ伯爵とセルディア侯爵あたりが結託してハイバーニ公爵を長年騙していた可能性が高いと。

 お飾りのトップであるハイバーニ公爵に気に入られることで、派閥内の地位を固めて利益を得ることが目的か。

 

「だそうですよ。そろそろ寝たふりはやめていただいてもよろしいですか? ボカジュニ伯爵様。伺いたいことが増えました。ボカジュニ伯爵様?」


 ハイバーニ公爵ですら目を覚ましてるんだからボカジュニ伯爵が気絶したままな訳がない。

 実際話に反応してピクピク動いてるし。

 時間がもったいないから狸寝入りはやめてほしいんだけど、起き上がる気配はない。

 仕方ない。

 

「おいで、ゴリ丸」


 ゴリ丸を召喚すると、狭い室内ではなく屋敷の庭に着地したようだ。

 貴賓室の窓から顔を出した僕に気づき四本の腕を振って見せたゴリ丸に、大声で指示を出す。

 

「屋敷を解体しろ! 僕が合図を出すまで絶対に止まるな!」


 指示とともに魔力を受け渡すと、喜びの声を上げたゴリ丸が玄関横の壁を拳で貫いた。

 うんうん、その調子。


「うーわ。おいおっさん、さっさと目開けろよ。じゃねえと、自慢の屋敷解体されちまうぞ?」


 階下から聞こえた破砕音を聞き、たまらず跳ね起きるボカジュニ伯爵。

 

「な、なんだというのだ! くそっ! 貴様ら、覚えておけ! このことは我が国の王城を通じて、レプミア国王に厳重に抗議を」


「マジュラス」


 顔を赤黒く変色させ、唾を飛ばして捲し立てるダンディの顔の横を高速で飛んでいく黒い弾丸。

 

「ひいっ!?」


 当てるつもりなんかないからそんなに怖がらなくてもいいんですよ?

 今はまだ大事な交渉相手ですから、ね?


「私が貴方にお願いしたことへの回答をいただきたい。我が家の家来衆であるユミカから完全に手を引き、ジャルティクが二度と関わらないよう尽力していただけますか?」


「家来衆だと? 貴様、おかしなことを言っていると思わないのか。姫様はジャルティクの重鎮ハイバーニ公爵様の血を引く高貴な方。一刻も早くジャルティクにお戻しするべきぃ!?」


 顔をどす黒く変色させ、唾を撒き散らしながら捲し立てるダンディの顔の横を高速で飛んでいく小さな赤い弾丸。

 犯人はエリクス。

 どうやら、他国公爵殴打事件の熱が冷めていないらしく、マジュラスよりもさらにギリギリ、若干頬を掠めるくらいの距離を通していった。

 

「ハイバーニ公爵様から受け取った手紙を闇に葬り、ユミカちゃんからの返事を偽装し続けたのでしょう? 自らの利益のために。そんな貴方が何を言おうと虚しいだけです」


 吐き捨てるその表情はもう、一端のヘッセリンクだ。

 オドルスキも腕を組んでうんうんと頷く。

 ちなみにユミカは顔が見えないようフードを被ってオドルスキの陰に隠れていた。


「こ、こんなことをしてタダで済むと」


 これはいけない。

 その台詞を使った後、素敵な未来を掴んだ悪役はいないんじゃないだろうか。


「もちろんタダで済むと思っていますよ。これから、二度と悪巧みをしようなんて考えられなくなるほどの恐怖をお贈りいたしますからね」


 マジュラスからの瘴気貸与を受けて、全身真っ黒になりつつゆっくりとボカジュニ伯爵に歩み寄る。

 その際、表情管理も忘れない。

 チョイスしたのはもちろん、爽やかな笑顔だ。


「来るな、来るなあ!!」


 今日一の悲鳴いただきましたありがとうございます。


「来るな来るなは、早く来いということですね? ボカジュニ伯爵様は恥ずかしがり屋さんだ」


 押すな押すなと同じ理屈が異世界でも通じるなんて感動するね。


「まあ、正直に申し上げると、別に貴方じゃなくてもいいんですよ。貴方が壊れたら、ハイバーニ派に属するお仲間のお宅を一軒一軒訪問するだけですから」


 エリクスの話を聞いてセルディア侯爵領にお邪魔することは決まっているが、訪問先が増えてもなんら問題はない。


「それか、あの腹が立つくらい真っ白な城。あれを真っ黒に染めあげたうえで、王様に直談判するのもいいかもしれませんね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る