第393話 希望的観測

 このアバルカム公爵領に入るまでもゴリ丸とドラゾンに加えて巨大骨格標本バージョンのマジュラスを引き連れて散歩を楽しんできた僕達。

 一目で魔獣だと見て取れる威容にバリューカ市民の皆さんは相当驚いたようで、その大半がこちらから何も言わなくても自主退避してくれたのは助かりました。

 流石に貴族の皆さんはそうもいかないようで一応誰何の声が飛んできたけど、いずれもジャンジャックの土魔法を目の当たりにして即白旗を上げる。

 そのおかげで、そこまで酷い被害を与えずに済んでいたんだけど、このアバルカム公爵領を治める老人はずば抜けて聞き分けが悪かった。

 挨拶に寄った僕への第一声からして『首を差し出せば楽園の民を許してやってもいい』だったからね。

 ああ、夢想家の源泉がここにあるのかと納得した。

 この期に及んでも立場を理解していないらしく、いかに自分達が素晴らしい民なのかを饒舌に語り、中央が本気を出せば楽園などすぐに焼け野原になるなんて胸を張って見せるんだから笑ってしまう。

 結局話し合いでは埒があかないので殴り合いましょうかと一旦別れたんだけど、その結果が目の前の瓦礫の山というわけだ。

 不幸な出来事だったけど、非戦闘員の避難が済んだあとだったことは幸いだった。

 

「楽園の貴族は、化け物か! こんな、こんなことが許されてたまるものか! 我らが戦神様が、絶対に貴様を許さぬ!」


 屋敷解体作業のあとに顔を合わせると、わなわなと震えながら唾を飛ばしてくる老人。

 怒ってるなあ。

 

「戦神様か。ピデルロ伯爵殿もしきりにその名を口にしていたが、実在するのかな?」


「当たり前だ! 我が国の歴史を紐解けばどんな歴史書も必ず戦神様に辿り着く。概念や曖昧な存在などではなく、実存された尊き方。それこそ戦神様よ!」


 なるほどなるほど。

 実在してるわけだ。

 それはいいことを聞いた。


「では、もしかしたらいつかどこかで会うことが叶うかもしれないな」


 戦神というからには神様なわけだよね?

 とりあえず会うことがあったらパンパンパンッ! と景気良くいかせてもらおう。

 神違い?

 知りませんねえ。


「戦神様の神罰を恐れるのであれば速やかに頭を下げるがいい!」


 それでもなお頭が高いとでも言うように上から目線の態度を崩さないアバルカム公爵。

 流石は国の重鎮。

 レプミアで言うとカナリア公やゲルマニス公と同じ地位なわけだが、あの人たちがまともに感じるって、だいぶまずいな。


「嘘だろ? 目の前で屋敷解体されたってのにまだあの態度って。ユリ姉、バリューカの貴族どうなってんの?」


 メアリも呆れているのか、ピデルロ伯爵家から同行してもらっているユリにそう尋ねる。

 本当はアラド君に来て欲しかったけど怪我が酷過ぎた。

 水魔法の癒しでだいぶ回復したみたいだけど、すぐに動くには体力が心許ないということで、少し休んでから追いかけてきてくれるらしい。

 ユリは顔が知られていないらしいので面が割れているベラムの代わりに案内役として同行してもらってるんだけど、エイミーちゃんとクーデルを見つめる目に怪しい光が灯っているのはきっと気のせいだろう。


「どうなってるもこうなってるも、あれが主流ですよ?」


 不思議そうに首を傾げるユリの態度にため息をつくメアリ。


「はいはい、本格的に腐ってやがるわけね」


「腐ってるか腐ってないかと言われれば腐ってますね。アラド様やごく僅かな心ある貴族様は中央から遠ざけられてますからやりたい放題のようです」


「仲間内でキャッキャしてるうちに腐敗してることに気付かずここまで来ちまったってか? こっわ」


 ピデルロ伯爵家が森の近くに置かれてるのは、実力だけじゃなくて支配者層に疎まれてるからってのもあるのか。

 ヘッセリンクは……、うん、考えるのはやめておこう。

 

「アバルカム公爵だったな? そんな過去の神もどきに縋ったところでなんの慰めにもならないだろう。力の差は歴然。弱いものいじめをするつもりはない。大人しくしていればこれ以上の危害は加えない。先に進ませてもらうぞ」


 ウインドアロー一発で消耗したりしないけど、無駄な体力を使わないで済むならそれにこしたことはない。

 しかし、相手は聞き分けの悪い重鎮貴族。

 はいそうですかとはいかないようです。


「行かせぬ! お前達、命に替えてもこの化け物を中央に近づかせるな! 心配はいらぬ。あれだけ大規模な魔法を行使したなら魔力が枯渇しておるのは火を見るより明らか。抵抗する余力はない! さあ、ひっ捕えよ!」


 魔力が、枯渇?

 聞き馴染みのない言葉だな。


「希望的観測過ぎて呆れるわ」


「あれがただのウインドアローだって教えても信じねえだろうさ。俺たち身内でも呆れてんだから」


 クーデルとメアリもアバルカム公爵の言葉に違和感があるらしい。

 それはそうだ。

 枯渇なんてしてないんだから。


「さてどうしたものか。よし、エイミー」


 可愛い狸顔を精一杯しかめている愛妻に声をかける。

 わかりやすく腹を立ててるな。

 

「はい、なんでしょう。レックス様のお許しをいただけるならばこのエイミー、痴れ者共一人一人に、二度とヘッセリンクに逆らってはならぬと理解させるためのきつい仕置きを行ってご覧入れます」


「ああ。風の次は火魔法で護呪符の性能実験をしてもいいと思ってみたりもするんだが、どうかな?」


「まあ! それはエリクスも喜ぶと思いますわ!」


 手を合わせて嬉しそうに笑うエイミーちゃん。

 よし、それじゃあいってみようか!


「待て待て! 待てって兄貴。爺さんもソワソワしてんじゃねえ! 次は私か、じゃねえんだよ! 流石に過剰過ぎるだろ」


 しかし、やる気満々の魔法使い組に対して、本パーティーの常識担当、美しい死神ことメアリがストップを掛けてきた。

 一応報復って名目だし、王様からも許されてるんだから多少ヤンチャしてもいいだろうに。


「こんなクソ雑魚貴族にほいほい札を使うなっての。虚勢張って出て来たはいいけど具体策もなく、いもしねえ神に縋るしかねえ小物だぜ? 普通にやりゃ充分だろうが」


 違った。

 止めるフリして煽るのが目的だこれ。


「正論だが、相当酷いことを言ってる自覚はあるか? 可哀想に。公爵殿が震えているぞ」


 ワナワナプルプル震えるアバルカム公爵。

 あれは相当怒ってる。

 間違いない。


「あ? 自覚してるに決まってるだろ。聞こえるように言ったんだから。安心しろよ公爵さん。今、あんま酷いことすんなって話付けといたから。うちの大将が脅すようなこと言ってすまねえな。悪い癖なんだよ、明らかに格下相手に全力出そうとするの」


 煽っている事を認め、かつ半笑いでヘラヘラしながらの格下扱いに、ついにご老人が噴火する。


「小僧……、舐めおって!! 全軍、かかれ! 栄光あるアバルカム公爵領軍の力を見せてやれ!!」


「あらら、顔が真っ赤通り越して黒くなってらあ。怖いねえ。さ、張り切ってやりますか」


「本当に悪いやつだなお前は」

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