第155話 パーフェクト・ヘッセリンク

 フィルミーとイリナの関係について特段触れ回るようなことはしていないけど、なにせ人数の少ないヘッセリンク伯爵家。

 特に我が家の幹部クラスであるオドルスキとアリスを義両親にもつユミカの耳にも二人のことは聞こえたらしく、ある日僕の執務室に興奮気味に駆け込んできた。


「お兄様! フィルミー兄様とイリナ姉様がご結婚されるって本当なの? ねえ、いつ? いつなの!」


 大きな瞳をさらに大きく開き、僕の膝によじ登ってくる。

 その様はまさに子犬。

 最近コミュニケーションがとれていなかったので、これでとかと撫でくり回すと、気持ちよさそうに目を細めてくれる。

 あー、癒される。

 特にエイミーちゃんが国都に行ってしまって癒しが足りない今、ユミカの存在は貴重だ。


「まだ正式に決まったわけじゃないんだ。これから色々な人に二人のことを認めてもらえるようお願いしないといけない」


「ユミカも! ユミカもお願いする! だって、優しいフィルミー兄様とイリナ姉様に結婚してほしいもの!」


 本当に優しい良い子だ。

 この台詞を二人に聞かせたら泣いてしまうかもしれないな。

 僕がフィルミーなら確実に泣く。

 ユミカの弟分に擬態している僕の召喚獣、亡霊王のマジュラスも、当初は渋々付き合っていたものの、天使の純粋さに触れるにつれて絆されていき、最近ではその立ち位置も悪くないと語っている。

 マジュラス、君ってアンデッドだけど天使の純粋さに触れて浄化されたりしないよな? 


「平民と貴族令嬢の恋とは、素敵な物語じゃが、苦難が多そうじゃ。お二人のことはまだ詳しく知らんが、上手くいくといいのう」


 見た目は幼児、中身は家来衆最年長のマジュラスがしみじみと呟く。

 本当に上手くいってほしいよ。

 僕の力が及ばなかったら、イリナが親父さんと刺し違える覚悟で実家に乗り込んじゃうからね。

 失敗は許されない。


「ユミカ。僕達はまた国都に向かうから、いい子で待っているんだぞ?」


「マジュラスちゃんも?」


 召喚獣であるところのマジュラスは、術者である僕の影響下から無制限に離れることはできない。

 この屋敷と離れを含む一帯くらいの距離なら問題ないけど、国都とオーレナングほどの距離が開けば強制的に召喚を解除されてしまうようだ。

 なので、僕が遠出をすれば当然ユミカとマジュラスは離れ離れになるのだが、我が家の天使はそれが寂しいらしい。


「ユミカお姉様。我は主と離れられないから仕方ないのじゃ。たくさんお土産を買ってくるので待っていてほしいのじゃ」


「うん! わかった! あーあ、ユミカも早く大人になってお兄様のお供ができるようになりたいなあ」


「僕としては、ユミカにはそんなに早く大人にならないでほしいな。ずっと今のまま、可愛いユミカでいてくれてもいいんだぞ?」


 我が家のマスコットとして、大人に癒しを与える役割を担っているのがユミカだ。

 貴重な立ち位置なので、できるだけ子供のままでいてほしいんだけど、ユミカはブンブンと首を横に振る。

 

「やだ! だって、お兄様がお出かけするとユミカはいつもお留守番だもん! あのね? 大人になった時にお兄様のお供ができるように、十歳になったらお義父様やお爺様に剣を習うの!」


 マスコットがやべえことを言い出した。

 僕のお供をしたいと思ってくれるのは嬉しいが、そのための手段がまずい。

 ユミカ、君のお義父さんはね?

 訓練と称してクーデルを木槍でどついて床と平行にぶっ飛ばすような鬼なんだよ?

 お爺さまと呼んでる鬼はもっとひどいよ?

 

「ユミカ。俺とクーデルが教えてやるからオド兄と爺さんはやめておけ、な?」


 メアリも、ユミカの身に迫る危険を回避するべくそう声をかけたが、それでは根本的な解決になっていない。


「ユミカ。剣を習うならフィルミーにお願いしなさい。僕がいいと言うまで決して他の人間に頼ってはいけない。お兄様との約束だ」


 いきなり人外達の技術に触れることを禁止します。

 まずはフィルミー。

 これは鉄則だ。

 いや、フィルミーが普通かというと最近自信がないけど、それでも他の戦闘員よりはだいぶまともだと思われる。


「ひどくねえ? 最近、俺のことを化け物たちと同じ括りで語りすぎだって」


 いや、同じ括りだろ。

 そりゃあ細かい分類では違うかもしれないけど、大枠は同じだ。

 ディメンションドラゴンとマッデストサラマンドは違う魔獣だけど同じ竜種。

 それと一緒さ。


「一応聞くが、ユミカに何を教えるつもりだった?」


「あ? そりゃあ兄貴。そんなの決まってるだろ。大丈夫、無理はしねえから。まずはちゃんと気配の消し方と足音の消し方から始めるって」

  

「それなら安心だ。と、なるわけないだろうが!」


 僕の反応に心底不思議そうな顔で首を傾げるメアリ。

 見た目だけは今日も美少女(男)だ。


「気配と足音消せれば万が一の時に逃げ切れる可能性が高くなるだろ? 今のところユミカの運動能力についてみるべきところはなさそうだし、俺やクーデルが身体作りから教えてやった方がいいと思うけど?」

  

 すごくまともな考えに基づいたプランだ。

 身体作りから始めるというのもまっとう過ぎてメアリに任せるのもありかと思ったけど、やはり初手暗殺者は避けた方がいい気がする。


「ちゃんとした考えがあってのことなら反論しづらいが、でもダメだ。気づいたらユミカがスカートの中にナイフを隠すタイプの女の子になってそうだからな」


「ユミカは、お義父様とお爺さまとメアリお姉様とクー姉様とフィルミー兄様に色々教えてもらいたいわ! それでね? ハメスお爺様とエリクス兄様にはお勉強を教えてもらって、おじさまとビーダーおじさまにはお料理、アデルおばさまには赤ちゃんの育て方、お義母様とイリナ姉様にはお洋服のことを習うの!」


 僕達のやりとりをニコニコしながら見ていたユミカが、はいはい! と元気に手を上げてそう宣言した。

 近い将来、パーフェクトヘッセリンクが誕生するかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る