第142話 応募資格

 エイミーちゃんの診察を終えたフリーマが執務室に入ってきたのは昼を回って少し経ってからだった。

 医療用機械なんかないこの世界。

 じゃあ魔法でパパッと診察できるのかと思ったらそう都合よくもいかないらしい。

 こと『癒し』という分野については攻撃のそれよりさらに繊細な魔力の運用が求められるらしく、目的を果たすには相当な時間を要するそうだ。

 心なしか朝会った時よりもやつれているように見えるが、それでも笑顔を浮かべてこう言った。

 

「おめでとうございます。間違いなく、奥様のお腹には伯爵様のお子様がいらっしゃいます」


 おおう。

 ほぼ間違いないと言われてたからそうなんだろうけど、専門家の口から改めてそう聞かされると、責任に背筋が伸びた。

 そして、遅れてやってくる感動。


「そうか……。そうか。ありがとう、フリーマ医師。よし、ハメスロット。家来衆を招集してくれ」


「承知いたしました! すぐに全員集めて参ります!」


 興奮を抑えきれないのか、珍しく足早に部屋を出ていくハメスロットをメアリが口を半開きにして見送っている。

 気持ちはわかるけど、ハメスロットも人間だから、テンションが上がることくらいあるさ。

 

「これで晴れてみんなに伝えられる。ほっとしたが、大変なのはむしろこれからか。ああ、フリーマ医師もここにいてくれるかな? 僕自慢の家来衆を紹介しよう」


 メアリとクーデル、ハメスロットは紹介済み。

 ジャンジャックについては姿絵が出回るほど有名なため、それで顔を知ってるんだとか。

 まずはアデルを紹介しないとな。

 出産までのサポートはアデルにしか任せられないだろうし。

 そんなことを考えていると、フリーマが顔を両手で覆い、感激したような声を上げた。


「災害と呼ばれる魔獣の森の氾濫を被害なしで乗り切ったという、ヘッセリンク伯爵家の当代ご家来衆の方々に会えるのですか!? え、それは、私のような平民身分の者に、よろしいのでしょうか」

 

 家来衆を紹介するのに身分制限なんかかけてないし、そんなルールもないよね?


『ありません。が、メアリたちの素性やエリクスの研究内容、マジュラスについてなどは隠すべきかと』


 うん、大丈夫。

 流石にその辺りの漏れたらまずそうなあたりに触れるつもりはないよコマンド。


「ああもちろん。特段隠しているわけではないからな。ジャンジャックやオドルスキは相応に有名だと思うが」


「はい。そのお二方は国外にもその名が轟く有名人なので。ただ、それ以外のご家来衆の情報というのは出回っていません」


 そうか。

 メアクーが闇蛇だってバレてるのは貴族界隈の話であって、市民レベルに広まってる訳じゃないんだな。

 てっきり周知の事実だと思い込んでたよ。


「なるほど。確かにそうか」


「ヘッセリンク家のご家来衆は、十人にも満たないと言う説もあれば千人を超えるという話もあります。あくまで噂に過ぎませんが、中には暗殺者を雇っているなどという荒唐無稽なものもあるほどです」


 君はその暗殺者にお姫様抱っこされてたんだよ? って言ったらどんな顔をするだろうか。


「はっはっは! それはそれは。まあ、どこの貴族もある程度情報を秘匿してるものだからな。我が家はそれが過ぎているというところか」


 闇蛇のこと、護呪符のこと、マジュラスのこと。

 そう考えると、有名な貴族にしては秘密が多いとは言えないか。 

 

『秘密の量はそうかもしれませんが、質の面では他家の追随を許しませんね』


 量より質って、カッコいいよね!

 

「その秘密に私のような平民は胸を躍らせるのですが。あの、失礼なことを申し上げてもよろしいでしょうか」


「聞こうか。ここだけの話として咎めないことを約束する」


 歴史上、『怒らないから言ってみなさい』が守られた試しはほぼないと思うけど、流石に命を賭けて失礼ぶっこいてくることはないだろう。

 

「ありがとうございます。あの、当代のヘッセリンクのご家来衆になるには、お顔が美しくないといけないのでしょうか?」


 大概の失言は許そうと構えていた僕も、すぐに何を言われたか理解できなかった。

 うちの家来衆は美形じゃないといけないのか?

 答えはもちろん、『否』だ。


「いや、全くそんなことはない。ああ、メアリとクーデルについてはたまたまだぞ? メアリは父の代に縁があって雇い入れた者だし、クーデルはスカウトしようとした相手が蓋を開けてみたら偶然美形だっただけだ」


 僕の回答に興味深そうに何度もうなずくフリーマ。

 しかし、彼女の好奇心は留まることを知らない。


「ハメスロット様は?」


 そう言えば、彼女のなかでハメスロットはイケてるおじさん枠だったか。

 ツルツルの禿頭と顎髭に目が行きがちだけど、顔の彫りは深いからな。

 

「ハメスロットは元々エイミーの生家であるカニルーニャ伯爵家の家宰だな。エイミーが嫁ぐのに合わせて我が家に招き入れた」


 ハメスロットを美形枠に入れていいかわからないが、僕が積極的にルックス重視でスカウトをかけているなんていう事実はない。

 我が家は、というか少なくとも僕の代の家来衆は人柄重視だ。


「そうなんですか! はあ、きっと高貴な人々しか知らない情報なのでしょうね」


「繰り返すが、聞かれないから答えないだけで、隠してるわけではないぞ? その証拠にこれから貴女には家来衆全員を紹介するのだから」


 他の貴族家と交流が乏しいから家来衆について聞かれることなんてない。

 だから世間的にも広まっていない。

 僕はみんなの事を隠したいなんて思ってないし、なんなら自慢したいくらいなんだけど。

 一度、本当に国都で握手会やるか?

『ヘッセリンク伯爵家ご家来衆握手会』。

 ……アルテミトス侯に怒られそうだからやめておこう。

 

「ありがとうございます。ここで見聞きしたことは絶対に、生涯口外しないことを誓います」


「いや、だから秘匿していないというのに」

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