第77話 妹よ

「旦那様、国都のお屋敷より書簡が届いております。おそらく元闇蛇の使用人達についてではないかと」


 丁寧なノックとともに入室してきたのは技の執事ことハメスロット。

 最近は我が家の裏方の仕事とエリクスの指導、メアリ・クーデル・ユミカの家庭教師と大活躍だ。

 休んでもいいと言っても役目だからと頑として譲らないからせめて給料で報いようとガンガン昇給させていたりする。

 そんな有能執事が持ってきた書簡を裏返すと金塊を象った印が押してある。

 この趣味の悪さ抜群の家紋、間違いなく身内からだ。


「わかった。すぐに目を通そう。国都に彼らを送ってだいぶ経ってからの連絡だ。特に問題があってのことではないだろう。送り込んだ人員は全て裏方だった者達だしな」


「外に出てる奴らからも特に国都の奴らがやらかしたって話は来てないんだろ?」


「ああ。何かあれば外の彼らを通じて知らせてくれるよう母には伝えている。それを考えれば前向きな連絡だろうさ」


 彼らを我が家に引き込んだメアリが動向を気にしていたので、母には何かあったらすぐ教えてねとお願いしていたが、さて。

 書簡を取り出してざっと目を通す。

 んー、これは予想外ですね。


「……ふむ」


「え、不穏な反応やめてくれよ。何かやらかした奴でもいるってのか? それなら俺が直接行ってしばき倒してくるわ」


 メアリの場合、しばき倒すイコール抹殺だからな。

 普段冷静なのに元闇蛇の使用人がやらかしたら粛正しようとするのはやめなさい。


「いやいや、落ち着け。元闇蛇の使用人達についてはよく働いてくれて助かってると、そう書いてある。むしろ悲壮感すら感じるテンションで勤めを果たしているらしいぞ? 賞与を出していいかと書いてあるな。メアリやクーデルにもよろしく伝えてほしいと」


 まあ、行くあてもない逃避行から貴族の屋敷に雇われたんだ。

 環境は比べ物にならないくらい良くなってるだろうし、今の環境を守るために、みんな必死に働いてるんだろう。


「悲壮感とかは聞かなかったことにするわ。ヘッセリンクに迷惑かけるような輩がいるなら本気で処分も考えなきゃいけないところだから良かったよ」


 もっとライトな対応でいいんだよ?

 国都の屋敷を守る母親は上級貴族出身なのに、周りからは突然変異と呼ばれるほどの善人だから、ちょっとやそっとのことでは色んな意味で首を切ったりしないさ。

 

「それならばなぜそのような難しい顔をされているのですか? 国都で何かありましたでしょうか」


「ああ、そうだな。これは直接お前達家来衆には関係ないのかもしれんが、主だった者には伝えておいたほうがいいか? 妹が見合いをするらしい」


 そう、妹だ。

 この世界に来て、実際に顔を合わせたのは片手で足りるくらいの回数でしかないけど、僕には妹がいる。

 

「あ、へえ? あいつ・・・がねえ」


 雇い主の妹をあいつとか言うな。

 まあメアリはあの子が苦手だからな。

 気持ちはわかるよ。


「そんな顔をするなメアリ。確かにあれも年頃ではあるからな。そういう話が来てもなんらおかしくはない。おかしくはないのだが」


 そう、縁談自体はいい。

 むしろ貴族なんだから歓迎されることだ。

 ただ、今回の問題はそこじゃない。


「なんだよ、やけに引っかかる言い方するじゃねえか。まさか相手がアルテミトスの馬鹿殿とか言うんじゃねえだろうな?」


「流石にそれはない。ガストン殿は目下国軍の下っ端として心と身体を鍛え直している最中らしいからな。嫁取りなど夢のまた夢だとアルテミトス侯から書簡が届いていた」


 バカ殿なガストンだけど、親父はバリバリの国軍兵士だったアルテミトス侯だ。

 兵士としての素質はあったみたいで、厳しいことが書いてあったけど期待してることが感じられるいい手紙だった。

 ツンデレだからなアルテミトス侯。


「それ以外で旦那様が眉を顰めるような相手ですか。心当たりがあるとすれば、先日揉めたエスパール、トルキスタ、ハポンのいずれかの縁者ですが……あり得ませんな。こちらに含むところはありませんが、先方がこちらを敵視している状態で縁談を、とはならないでしょう」


 その辺りから縁談が来ても一考の余地なくお断りです。

 いや、むしろ険悪な関係そっちのけで縁談を持ってくるメンタルを見直すべきか?


「で? 結局あいつの相手は誰なんだ?」


「クリスウッド家の嫡男だそうだ」


「……あ? クリスウッドの嫡男? それってもしかして」


 そう、クリスウッド公爵家の嫡男は知らない相手じゃない。

 どころか、狂人と名高かった学生時代の僕を支えてくれた親友の一人だ。

 公爵家の嫡男のくせに伯爵家嫡男の僕を頂点とする派閥のNo.2に収まっていた、顔、スタイル、性格、声、頭脳、身体能力など全てがハイスペックなフル装備野郎。


「もしかしなくても、リスチャードのことだろうな。これは……どう考えればいいやら、迷いどころだ。ハメスロット」


「はっ。早馬を用意いたします。国都のお屋敷と、クリスウッドのリスチャード様宛でよろしいでしょうか」


 名前を呼んだだけで僕の意図するところを過不足なく汲み取ってくれるなんて流石はハメスロット。

 

「うむ、頼むぞ。メアリはいつ遠出をしてもいいように準備をしておけ」


「あいよ。なんかよくわかんねえけど一悶着ある可能性は否定できねえわな。リスチャードさんと、あいつの縁談とか、全然見えねえわ。クーデルにも準備させるか?」


「いや、今回動くのは僕だけだ。なんせ相手が妹とリスチャードだからな。エイミーには悪いが留守番しておいてもらうつもりだ」


「あの兄貴大好きっ子が素直に留守番するかね?」


 可愛いエイミーちゃんと離れるのは僕も辛いが仕方ない。

 妹もリスチャードもクセが強いと言うかアクが強いと言うか、とにかく一筋縄じゃいかないからな。

 遠出に付き合わせて無駄に妻を疲れさせることもないだろう。


「僕としてはメアリ大好きっ子クーデルがちゃんと我慢できるかのほうが心配だがな」


 おいおい、そんなに嫌そうな顔するなよ兄弟。

 クーデルは本物だからな。

 本物のメアリ狂。

 仕事と割り切れば聞き分けると思うが、帰ってきたら四六時中べったりなのは覚悟しておいた方がいい。


「ハメスロット。僕がいない間はエリクスを集中的に鍛えておいてくれ。多少厳しくても構わんぞ」


「御意。彼は元々の地頭がいいので実に鍛え甲斐があります。当初想定していた以上に早く、文官として一人前になるでしょう」


 それはいいことだ。

 エリクスの第一印象はおどおどした内向的な青年って感じだったけど、我が家に雇われて以降は開き直ったのか喋り方もハキハキしてるし、オドルスキやジャンジャック相手にも物怖じせずに話しかけるのを見かける。

 いい傾向だ。

 ハメスロット先生の集中講義でより一層自信をつけてもらいたいところだね。

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