第65話 ピクニック

「火魔法、炎連弾えんれんだん!!」


 エイミーちゃんのスティックから複数の赤い弾丸が飛び出してあっという間に四つ足の魔獣の顔面に殺到する。

 一つ一つのダメージは大したことがなくても火魔法の弾丸だ。

 嫌がるように身を捩るのは脅威度Bの人頭獅子。

 読んで字の如く人面ライオンです。

 なんだっけ、マンティコア?

 確かそんな空想の化け物がいたからきっとそれだろう。

 力強い四肢で森の中を駆け回りつつ、人の顔から出るものとは思えない叫び声を上げて威嚇してきた。

 まあまあキモいというのが正直な感想だ。


「ナイス、エイミーの姉ちゃん。行くぞクーデル!」


「私が右、貴方が左よ、メアリ。タイミングを合わせて……そこ!」


 異世界人よそものの僕と違って地元民の若者二人は人の顔だろうがなんだろうが魔獣は魔獣という認識らしく、ほんの僅かな隙を見せただけの人頭獅子に肉薄し、その腹に左右から深々と刃物を突き込んだ。

 絶叫しながら暴れる魔獣の周りを軽快なステップで挑発するように跳び回る二人。

 自分を傷つけた生意気な小さな生物に復讐を誓って叫びを上げ続ける人頭獅子だったけど、その叫びが突然悲痛なものに変わる。

 メアリとクーデルに気を取られた隙に高く跳躍したエイミーちゃんが、落下の勢いそのままに踵を振り下ろしていた

 身体を守るためじゃなくて攻撃力を上げるために着けているプロテクターが魔獣の脳天に突き刺さり、何かがひしゃげる嫌な音が響くと、ゆっくりと横倒しになる人頭獅子。

 決まり手は妻のフライング踵落とし。

 ピクピクと痙攣する魔獣に対してダメ押しとばかりにメアリが首筋を切り裂いた。


「素晴らしい。いつの間にそんなに息が合うようになった? いや、メアリとクーデルの連携がスムーズなことは知っていたが、そこにエイミーを組み込むとは。脅威度Bの魔獣だというのに全く危なげがなかったぞ」


 いやー、大型とは言わないまでも、そこそこサイズのある相手だったからゴリ丸を呼ぼうかと思ったらその暇もなかった。

 三人とも汗一つかいてないから見た目以上に楽勝だったんだろう。

 僕の賞賛に対してメアリが刃物の血を拭いながら肩を竦める。


「俺らは二人の護衛兼従者だからな。何かあった時のために兄貴や姉ちゃんとは連携出来てた方が安全だろ? 本当は兄貴にも付き合ってもらいたかったんだけど最近書類仕事に忙殺されてるからな。エイミーの姉ちゃんにだけ訓練に付き合ってもらってたんだ」


 護衛対象との連携を考えた結果、戦闘に組み込もうとするのはうちの家来衆くらいだろう。

 普通逃すとか、大人しくしてもらうよう指示するとかだと思うが流石はヘッセリンククオリティ。

 

「実は最近マハダビキアさんの美味しい食事をいただき過ぎて体重が増えてしまって……身体を動かしたいと思っていたところに二人から訓練に誘われたので」


 体重が増えてるということはお腹いっぱい食べられてるってことだな。

 実によろしい。


「奥様はもっと肉付きが良くてもいいと思いますよ? そうですよね伯爵様」


 そのとおりだクーデル。

 エイミーちゃんはスレンダー美人だけどもう少し肉が付いてても可愛いと思います。


「僕はどんなエイミーでも愛する自信があるからね。体重など気にする必要はないぞ」


「素敵。流石は愛のない結婚などしないと公衆の面前で宣言した愛の伝道師ラブエヴァンジェリストね」


 またおかしな称号を獲得してしまったようだ。

 ほら、メアリがものすごく嫌そうな顔してるじゃないか。

 そうイライラするなよ兄弟。

 楽しく行こうぜ?


「ただの惚気にうっとりしてんじゃねえよ。兄貴もよくもまあ恥ずかしげもなくそんなこと言えるもんだわ」


「事実を述べることは恥ずかしくなんてないさ。ああ、もちろんメアリやクーデルも可愛いと思っている。目に入れても痛くないくらいだ」


「うるせえよアホ伯爵」


 おいおい不敬罪ですよメアリくん。

 まあいいけど。

 自慢じゃないが、うちの女性陣はエイミーちゃん、メアリ、クーデル、ユミカ、アリス、イリナと美人ばかりだ。

 側から見たら僕はハーレム野郎だな。


「照れてるメアリ、可愛い。ああ! メアリを他の誰にも渡したくないのに、伯爵様とメアリのやりとりを見ていると胸が熱くなるのはなぜ? ダメよクーデル。貴女がしっかりしなきゃ、メアリが道ならぬ道に」


 しかしクーデルはメアリ一筋。

 アリスはオドルスキと婚約済。

 ユミカは天使。

 メアリは男。

 イリナはわからんけどまあ手を出すつもりはない。

 結果、僕はハーレム野郎ではないという証明ができるわけだ。

 歴代のハーレム物の先輩方はどんなフェロモン出してるんだろうね。


「俺の周りにまともな奴はいねえのかね。最近はオド兄とアリス姉さんも微妙にいちゃついてるしよお。身体が痒くて仕方ねえわ」


「まあ、あの二人は許してやれ。長年お互いを想いあってようやく結ばれたのだからな。多少度が過ぎるくらいなら僕も大目に見るつもりだ。なにより、あの二人が幸せそうなお陰でユミカの可愛いさが天井知らず。ありがたいことだ」


 あの二人で物語が一本できそうだな。

 片想い×片想い=両想い。

 歳の差。

 騎士とメイド。

 子持ち(義理の娘は貴族の血筋)。

 ヘタレ男としっかり者の女。

 美女と野獣。

 なんとまあ属性モリモリなこと。

 

「元から天使だとは思っていましたが、最近は一段と笑顔に磨きがかかっていますものね。抱きしめたい、でもアリスさんのことを考えると遠慮してしまって……」


「何を遠慮することがある? アリスが母なら僕らは兄姉じゃないか。家族なんだからユミカを愛でることに障害など存在しない」


 ヘッセリンクは皆家族。

 そしてユミカはみんなの娘であり、妹だ。

 独占する者は厳罰に処す。


「わかったから進むぜ? 仕事が一段落して久々に魔獣討伐ピクニックに行きたいって言い出したのは兄貴だろ。このペースじゃあんまり深いとこまで着かねえぞ」


「ピクニックなんだからゆっくりでいいんだよメアリ。お前も訓練訓練で疲れているだろう。たまには休むことも覚えた方がいい」


 僕もまあまあ休んでないけどメアリもエスパールから帰って以降全く休んでいないと両執事から報告があった。

 毎日毎日オドルスキ、ジャンジャック、フィルミーを捕まえてはそれぞれの持つ技術を吸収しようと訓練に明け暮れているらしい。

 いけませんね、若いうちから仕事漬けなんて。

 我が家はホワイト企業だ。

 十代の美少年を働き詰めにするなんてモットーに反する。

 と、いうことで僕の休暇にかこつけて連れ出した次第です。


「兄貴が外に出ない限りは毎日休みみたいなもんだからな。オド兄や爺さんについて森に出ては、人外までの道のりの遠さに毎日打ちのめされてるよ。知ってるか? フィルミーの兄貴もオド兄達とは違う方向の化け物なんだぜ? 知らねえことを知れてるんだ。毎日打ちのめされてるけど楽しくて仕方ねえよ」


「その三人に追い付けたとなれば、それこそゲルマニス公の護衛、ダイファンと同じ世界に住む化け物になれたということだろうな。お前はまだ若いし、僕が衰えてヨボヨボになるまでにはまだ時間がかかる。焦る必要はないさ」


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