第56話 作戦発動
「そもそもの話だが……王太子殿下直々に結婚式に御臨席頂いた際、将来の右腕だという非才の身に余る、実に懇ろなお言葉を頂戴したばかりだ。それなのに王家に反旗を翻すなど、あり得ないと思われませんか? むしろ! 王太子殿下の治世になった際にお役に立てるよう、情報網を整備しようと試みていると、そう評価していただきたいものだ」
「なるほど、そう来たか。まあそういう見方もできなくはないのう」
僕のザ・屁理屈になぜかカナリアの爺さんが深く頷いてくれた。
多分納得したんじゃなくて引っ掻き回したいだけなんだろうけど、真面目なのかエスパール伯爵がノータイムで噛み付く。
「カナリア公! その情報網にもと非合法組織の人間を進んで迎え入れていることが問題だと申し上げているのです! 失礼を承知で申し上げれば、ヘッセリンク伯爵家はレプミアきっての札付き。そんな家が情報網の整備のために暗殺者を雇い入れている。何か事を起こされてからでは遅いと思わないのですか!?」
誰が札付きだ!
僕だよ!
その点だけは反論できないから頷いておいた。
「あー、煩いのう。それは儂ではなく直接ヘッセリンクのに言えばいいじゃろうが。まあ、そんな度胸があればわざわざこんな席は設けんのだろうがの。で? ヘッセリンクの。小心者達が怯えておるから本音のとこを話してみんか」
煽るなよ爺さん。
ほら、エスパールさんの額に血管浮いてるじゃない。
そんな状態の人に本音なんか語っても無駄じゃない?
あ、はい説明しますから睨まないでよエスパールさん。
「本音ですか。困りましたな。嘘をついているつもりはないのですが……順を追って説明しますと、きっかけは先程お伝えした王太子殿下のお言葉です。当家としては非常に鼻の高い思いでしたが、同時にこれはまずいと。貴族の集まる場で次期国王たる殿下が私を右腕と評された。それによって何が起きるか」
「嫉妬の嵐が吹き荒れるのう。ヘッセリンク伯爵家直撃の軌道を取るに違いない」
察しのいい爺さんが欲しい答えをくれる。
これにはゲルマニス公爵もアルテミトス侯爵も同意らしく軽く頷いている。
「私もそう考えました。そうなれば良からぬことを考える者も現れるでしょう。直接物申してくれるならいいのですが、そこは貴族ですから搦手搦手となるのが目に見えている。だが、我が家はなぜかそこに対抗する機能が弱いどころか、そもそも存在しないのです。上級貴族でそんな家があるのでしょうか。いや、ない」
家を守るための防衛態勢の構築。
そのための闇蛇残党の探索と雇い入れだ。
もちろん王太子の治世になったときのためというのもなくはないけど。
「アルテミトスの。お前さん、ずっとダンマリだが何を考えておる?」
確かに。
始まる前に挨拶した時は笑顔だったのに、会議が始まったら腕組みで目を瞑ったまま一言も喋っていない。
「今日は目を掛けている若者が海千山千の親父達からいじめられやしないかと心配で参加しているだけです。今のところ、特に言うことなど何もございませんな」
流石に年上のカナリア公爵からの問いに口を開いた。
僕のことを心配してわざわざこんな遠い場所まで来てくれるなんて嬉しいなあ。
今度なにか魔獣の素材贈っておきますね。
僕が心の中で感謝の念を送っていると、なぜかゲルマニス公爵が唖然としながらアルテミトス侯爵をガン見していた。
「ゲルマニス公、どうされましたか?」
「いやいや! 信じられんものを見たぞ。あの、鬼のアルテミトスがいつからそんなに過保護になったのやら……。俺が若い頃といえば親よりも怖いのがカナリアとアルテミトスの国軍上がりの親父達だったんだがな」
わかる。
やっぱり分厚いんだよなこのおじさん達。
何がって、胸板よ胸板。
アルテミトス侯爵は五十中盤だからまだ理解できるんだけど、カナリアの爺さん七十だろ?
おかしいおかしい。
「ラウル殿は、こういってはなんだが可愛げという点でヘッセリンク伯に劣っていましたからな」
「アルテミトスのの言うとおりじゃわい。貴様ときたら、やれ老害は早く引退しろだのなんだのと、とにかく生意気が過ぎたからのう。そりゃあ可愛がろうと言う気にならんじゃろう」
ボロクソ言われてるけど全然気にした風はないゲルマニスさん。
貴族のトップに立つ男に相応しい鈍感力だ。
「そうだったかな? 昔のことは忘れてしまったな。良かったじゃないかレックス殿。この偏屈カナリアと堅物アルテミトスに気に入られたのであれば貴殿の立場は安泰だ。しかもラスブランの直系の孫。大体のやんちゃは見過ごしてもらえそうだな」
やんちゃなんかしない、とは言えないか。
闇蛇の残党にリクルートかました結果呼び出されたわけだからな。
それに、公爵連中は見過ごしてくれそうだけどエスパール一派は鼻息荒いままです。
「ゲルマニス公! 今回の一件はやんちゃの一言で済むものではない! 国の一大事になりかねないのですぞ!」
「だ、そうだ。エスパール伯の言は無視できそうにない。なぜと言って、我らは皆エスパール領に別荘を持っていて年に数回羽を伸ばすのを楽しみにしている。あまり彼の不興を買って出入り禁止にされては困るのだ」
煽る煽る。
そして煽られる煽られる。
「ですから! そのようなレベルで語られることでは! ないのですよ!」
吠えるエスパール伯爵にめんどくさそうな顔を向けたゲルマニス公爵が僕に顎をしゃくってきた。
お前が責任持って対応しろということだろう。
好き勝手煽っといて丸投げとは流石は偉い人。
「わかりましたわかりました。落ち着きなさいエスパール伯」
「な! 自分の立場がわか」
煽れば煽るほどよく燃えること。
松ぼっくりかあんた。
「要は闇蛇などという非合法組織をその身に飼っている家が十貴院の席に座ることまかりならんとそういうことでしょう? よろしい。では、その座から降りましょう」
作戦発動。
効果は抜群だ。
エスパール一派が目に見えて狼狽してるな。
アルテミトス侯爵は一瞬目を見開いた後、口の端をニヤリと持ち上げた。
カナリア公爵は手を叩いて爆笑。
ゲルマニス公爵の表情に変化は見られなかった。
「は!? なにを馬鹿な」
「聞こえませんでしたか? 我がヘッセリンク伯爵家は、今代当主レックス・ヘッセリンクの名に於いて、レプミア王国十貴院の九の座を、返上する。そう言ったのです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます