第35話 ご対面
「久しぶりですね、ヘッセリンク伯。活躍は王城だけでなく、行脚する土地土地で聞いています。色々とうるさい声もあるでしょうが、個人的には貴方のような型に嵌まらない貴族がこれからの国には必要だと思っています。これからもブレることのないよう、頼みますよ」
思ったよりも背の高い、銀髪を短く刈り込んだ男がリオーネ王太子。
身体が弱かったと聞いてたけど、おそらく鍛えたんだろう。
ミックやオドルスキには当然及ばないけど、王家の人間の胸板の分厚さではない気がする。
丁寧語で語りかける口調に偉そうな点は一つもなく、体格とのギャップがあるけどいい人そうだ。
「王太子殿下からのお言葉、大変ありがたく、また大変心強く思います。王家に永遠の忠誠を」
丁寧に細心の注意を払いつつ臣下の礼をとる。
誰に注意してるのかって?
もちろん王太子の後ろでこっちをガン見してる青い鎧の男だ。
スアレ・イルス。
鷲鼻の眼光鋭い系。
迫力あるわあ。
「ジャンジャック将軍も久しぶりですね。そちらは……カニルーニャ伯家の執事ではなかったかな? そうか、奥方はカニルーニャの隠し姫。貴方もヘッセリンクに移ったのですね。そして、東国の聖騎士オドルスキ殿。なんとも豪華な布陣だ」
ジャンジャックは国軍時代に面識があるらしく親しげに声をかけられていた。
オドルスキも他国の人だけど有名なんだってね。
いや、フレーバーテキスト上、有名人なのはわかってたけど他国の王家にも認識されてるとは。
あとなにがすごいってハメスロットの顔を覚えてることだ。
聞いたところだと数年前に一度カニルーニャに来た際顔を合わせてるらしいけど、それでも次期国王が家来のさらに家来の顔を覚えてるかね。
「恐縮です。先程第三近衛隊のダシウバ隊長から挨拶を受けましたが、彼こそ素晴らしい人材ではありませんか。国王陛下が王太子殿下の護衛を任せたことからもその実力の程はわかりますが、何より人柄が素晴らしい」
こちらの人材が褒められたら当然王太子の人材も褒め返す。
このラリーは後攻が多少強めに打ち返すのがポイントらしい。
「そうですね。慣例として第三近衛は若い国軍兵士から選抜され、そのなかでも心技体に優れたものが隊長に抜擢されます。もちろん第一ならびに第二近衛の隊長と比べては数枚落ちることは否めませんが、ダシウバは将来に渡って私を支えてくれる人材になり得ると期待しています」
「近衛でなければ今すぐにでも当家に迎え入れたいくらいです。譲ってはいただけませんか?」
「あっはっは。ヘッセリンク伯にそこまで言われたらダシウバは喜ぶでしょう。彼は貴方のファンだと公言して憚りませんので。ただ、彼までヘッセリンクに渡してしまっては戦力の不均衡が生まれてしまいますからね。諦めていただきましょうか」
「残念至極」
よしよし、いい感じ。
王太子は笑顔でこちらの軽口にも乗ってきてくれている。
スアレはなにか思うところがあるのか黙ったまま。
でも、その目は完全に僕を捉えているのでボロを出さないよう気を引き締める。
「本題に入りましょう。まずは呼ばれてもいないのに図々しく式への参加を希望したこと、申し訳なく。祝いの品は父王からの物も合わせて目録を渡しておいたので目を通しておいてください。誤解してほしくないのは、私がオーレナングに立ち寄る口実だけで式への参加を望んだのではないということ。私は貴方を非常に高く評価していますし、そんな貴方の結婚を祝福する気持ちもあるということです」
王太子が押しかけた詫び代わりに、普通では考えられない量のご祝儀が王家から届いているのを後から知った。
「微塵も疑ってはおりません。むしろ、国内を精力的に行脚されている王太子殿下にこれまで当地を訪れていただいていないことを寂しく思っていた次第。式を挙げることがいい機会になったと喜んでおります」
笑顔を浮かべながら心にないことをペラペラと述べていく。
正直面倒だけど仕方ないという本音を隠しながら僕は貴方の味方ですよというアピールを続行。
いや、案外嘘でもないというか、敵でも味方でもないというのが正解だ。
「そうですか。それを聞いて安心しました。どうしても私の行動に理解を示してくれない層があるものですから。呼ばれてもいない式に押しかけてまで趣味の行脚を続けたいのかと陰口も聞こえてくる始末です」
「それはいけない。王太子殿下の国内行脚は将来の国の安定に資するもの。家来としてお支えこそすれ、陰口を叩くなど考えられませんな。……なにか?」
ここまで王太子に寄り添う態度を見せたことでスアレが軽く首を傾げた。
おかしいな? 聞いてた話と違うな? って顔だ。
ここでようやく声をかけると、慌てたように背筋を伸ばし、手を胸元に当てる姿勢をとった。
「失礼いたしました。伯爵殿と直接お会いするのは初めてですが、聞いていた印象とだいぶ違うと思ったもので。不快な思いをさせたのであれば謝罪いたす」
「いやいや、その聞いていた印象というのも、私の不徳の致すところだ。若い頃のヤンチャというのは未来にも累を及ぼすものだと今更ながらに反省している」
殊勝に反省してみせたりして。
「そうですか……これは失礼。伯爵殿の御前で名乗ることもせず。私はスアレ・イルス。第一近衛隊副隊長を務めています。今回は年若い第三近衛の口煩いお目付役といったところです。辛い辛い嫌われ役ですな」
最初から危険人物の可能性があると警戒してたけど、そのフィルターを外すとそこまで毒のある男じゃない気がする。
王太子は別格だけど、スアレも特に語り口に嫌味はない。
「スアレ殿だな。イルス子爵家の方か。優秀な文官や武官を排出する万能型の家系だと記憶している」
もちろんコマンド経由の情報だ。
結構しっかりした家らしく、めちゃめちゃ有名な人がいるわけじゃないかど、安定して能力の高い人材を輩出してる名家だとか。
「お褒めいただき光栄でございます。まあ、口さがない連中からはアルテミトスの下位互換などと呼ばれますがね」
「アルテミトス侯爵家と比べられているなら、狂人などと呼ばれている我が家よりはだいぶマシな気がしないでもないがな」
自虐ネタを放り込むと僕らのやりとりを見ていた王太子が笑いながらスアレの肩を叩いた。
「ヘッセリンク伯自ら言われると反応に困るところですね。どうですかスアレ。自らの目で見たヘッセリンク伯は。噂など当てにならないものでしょう?」
「確かに殿下の仰るとおり。百聞は一見にしかずという言葉が身に染みました。いや、申し訳ありませぬ。同輩のなかに、ヘッセリンク伯は王家を王家とも思わぬ貴族の風上にも置けぬ方だと強弁する者たちがおりまして。そこまでいうのであれば実際にどうなのかとやってきたのですが……どうやら同輩達に非がありそうですな」
お?
なんだ?
つまりスアレに僕が主義に反する貴族だと吹き込んだのは別の近衛ってことか。
それならば
「あまりその同輩達を責めてやらないでくれ。先程言ったとおり、その風評は私の若い頃の無茶が原因にあるのは間違いない。ただ、ねじ曲がって伝わっていることだけはよくよく言っておいてもらえると助かる」
「御意。しかしダシウバ隊長には謝っておきます。どうやら彼は貴方に憧れているようだ。その彼の前で伯爵殿のことを不当に評したことがあるのです」
正直者め。
わざわざ僕にそれ伝える必要ないだろ。
僕がやばいやつなら叱られちゃうよ?
「律儀なことだ。まあ行き違いは正したほうがいいからな。そのようにしてくれ」
「良かった良かった。私の腹心であるスアレと、国の重鎮であるヘッセリンク伯が同じ方向を向いてくれることがこれほど心強いとは。今日はなんと素晴らしい日だ」
ご機嫌な王太子の居室を後にし、周りに誰もいないことを確認して家来衆に声を掛かる。
もちろんスアレのことだ。
僕の感覚では白。
「どう思った?」
「貴族主義者のなかでも、貴族とは王家への強い忠誠を誓うべきだという一派のようです。それならば、王太子殿下に弓引くことさえなければ良き隣人となれるかと」
オドルスキも白、と。
「オドルスキさんの言うとおり。これが貴族とは何物にも優先されると考える優性論者だったならば厄介というか鬱陶しいことになったでしょうが、少なくともスアレさんと争うことはないでしょう」
ジャンジャックも白。
「恙無く式が進みそうで安心いたしました。お嬢様にもそのようにお伝えいたします」
ハメスロットも白ね。
OK。
無駄な警戒態勢を解除して基本的には通常の警備態勢に戻す。
「メアリ。何か動きは?」
よく働く暗殺者さんだけは各重要人物の動向を引き続き探らせてるわけだけど、王太子の部屋覗いてるとかバレたら一発で首が飛ぶね。
厳戒態勢が敷かれたフロアでもそんなの関係なく情報を持ってくるのは流石だ。
「王太子、なし。ウキウキしながら革鎧磨いてやがったから式の後、確実に森に行きたいって言い出すだろうな。スアレ、なし。兄貴なんかよりよっぽど品行方正っぽいぜ? ダシウバを含む第三近衛、ないと言えばないし、あると言えばある」
「まさかの第三近衛か? どうした」
まじで?
まさか実はダシウバが悪い方の貴族派とかだったら人間不審になるよ。
「いや、くだらねえことだ。ダシウバばっかり兄貴と話してずりいって喧嘩になってたわ。人気者はつらいねえ。式が終わったら握手会でも開いてやれよ」
たしかにくだらねえ。
握手会でもサイン会でもやってやるからちゃんと仕事してくれよ近衛の皆さん。
「考えておこう。で? 結論は?」
「今回の参列者に怪しい動きは一切なし。式の円滑な運営に支障は見当たらねえ。良かったな兄貴。普通に夫婦になれそうじゃねえか」
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